一護→織姫・未然形のお部屋
そうして迎えた、後夜祭。
日も傾き、いつもなら参加者もまばらな筈の後夜祭会場、体育館。
けれど、今年は違う。
体育館にこれでもかと押しかける大勢の生徒。
勿論、興味本位で見に来たヤツや、「友達がステージに立つから」なんて理由で来たヤツもいるけれど。
前列の辺りを埋め尽くすのは、当然「押しメン」のいる野郎共で。
しかも、有り得ないほどの熱気をたたえたソイツらは、むさ苦しいことこの上ない。
「何なんだよ、コイツら!オカシいだろ?」
「そういう一護も、ちゃっかり前列キープしてるじゃない?」
「ウルセェよ水色。場所取りしたのは啓吾なんだ、俺じゃねぇ。」
「ああ、早く始まらないかなぁ!井上さ~ん…げほぉっ!」
「あー悪い啓吾、肘が入っちまった。」
俺が棒読みで詫びを入れつつ周りを見れば、啓吾に限らずどいつもこいつも井上目当てでここに来ているような気がして。
一人残らずぶん殴りたい気持ちを抑えながら開演を待てば、やがて鳴るブザー、上がる幕。
ステージのあまりの眩しさに思わず目を細めた俺が、ゆっくりと目を開ければ、そこには。
「始まった!」
「うおお!可愛い~!!」
客席のボルテージは、いきなり最高潮。
所謂「アイドルの制服」に身を包んだ『KKI24』が表れ、流れ出した音楽に乗って踊り出す。
その最前列中央…センターに立っているのは。
「…井上…。」
あまりの衝撃に、ぽろり…その名を無意識に呟く俺。
アイドルの制服に身を包んだ井上は、そりゃあ可愛くて、綺麗で、華やかで。
まるで本物のアイドルがテレビ画面から飛び出してきたかのようだった。
「わぁぁ!井上さ~ん!」
「ヤベェ!マジ可愛い~!!」
…啓吾だけじゃない。
周りの男共も一斉に、井上に黄色い声を上げ、声援を飛ばし始める。
その声が届いたのか、井上は歌の途中に恥ずかしそうにちょっと肩をすくめて。
そんな井上らしい仕草に少しだけ安堵しながら、それでも俺の中を渦巻くのは、不満と不安。
井上は、俺のモノじゃない。
彼女でもない。
だから、こんな感情を抱く資格はない。
そんなこと、分かってる。
分かってるんだ、でも…。
1曲目が終わり、最後のポーズを決めたところで、今度は皆がスマホを取り出しシャッターを切り始める。
「やった、井上さんの写メゲット!」
「超貴重だ~!!」
そう言ってスマホを眺めるヤツらを忌々しく睨みつけていれば、俺の斜め前には一眼レフのカメラでシャッターをバシバシ切る野郎が1人。
「テメェ、いい加減に…!」
そう言ってソイツの肩をグッと掴めば、ソイツは「新聞部」と書かれた腕章を俺に見せつけながら、「部活中ですけど、何か?」と白々しく言い放った。
そういやコイツ、少し前に俺が助っ人で出たサッカー部の試合にも来てたヤツだ…。
「くそっ!」
早く、早く終われ。
こんなイベント早く終わって、そしたらまた井上を俺の隣に…。
「歌もダンスも完コピじゃん。あの短い期間にここまで仕上げてくるなんてすごいね、一護。」
「……。」
「一護?」
水色の呼びかけには、答えないまま。
俺がステージで踊る井上を見つめていれば、水色もまたステージに視線を移した。
「…一護、後悔してる?」
「…ウルセェよ…。」
「ふふ。じゃあ、その後悔が無駄にならない様に、これからはキチンと言葉と態度で意志表示しないとね。井上さんは空座のアイドルだからさ、うかうかしてると永遠に手の届かない本物のアイドルになっちゃうかもよ?今日みたいにね。」
「………。」
ああ、そうかもな。
現状に甘えて、友達とも恋人ともつかない曖昧な関係を井上と続けていた俺。
例えば、俺がちゃんと井上にコクって「カレカノ」の仲になれていたとしたら。
そうしたら、俺はこのステージを、もっと穏やかな気持ちで…いやむしろ「あれが俺のカノジョなんだぜ、いいだろ」って優越感に浸りながら、見られたかもしれないのに…。
ステージと観客が一体となり、体育館ごと興奮の渦に包まれる中、ただ1人後悔とも反省ともつかないぐずついた感情を抱く俺。
井上は今、どんな気持ちなんだろうか。
普段から明るくて、誰にでも優しい井上が、こうして皆のアイドルになって…このステージが終わった後、彼女は俺の隣に戻ってきてくれるんだろうか?
なぁ井上、俺は…。
「ありがとうございました~!」
そして、アンコールの曲も終わり、無事に下りていくステージの幕。
これで、井上のアイドル生活も終わり…そう思い、小さく安堵の溜め息を漏らす。
けれど、ライブが終わったにも関わらず、体育館にいるほとんどの野郎が帰ろうとしないことに気がついた。
「なぁ…コイツら帰らねえの?」
俺が素朴な疑問を口にすれば、啓吾が未だに興奮冷めやらずといった表情でまくし立てる。
「やだなぁ!何言ってるの一護ぉ!この後は握手会があるじゃんか!」
「握手会………何だとぉぉ!?」
思わず絶叫する俺に、水色もまた手にした「握手券」をピラリと見せて笑った。
「ほら、缶ジュースとセットで200円で売ってたじゃない。生徒会費の補填に当てるらしいよ。ま、ソッコー完売しちゃったらしいけどね。」
じゃあ、ここにいる野郎共が皆、井上の手を握るつもりで…。
「ふ…ふざけんな!」
「あ、一護!どこ行くんだよ!?これから握手会…!」
俺は会場にいる野郎共を掻き分けて体育館を飛び出し、校舎へ入ると屋上まで一気に駆け上がった。
「…井上…井上!」
「え?く、黒崎く…むぐ…。」
屋上に身体を残し、死神化した俺は、控え室に忍び込むと直ぐに井上を捕まえた。
「ど…どうしたの?」
「その…俺と来てくれ。」
「もしかして、虚が出たの?でも何も感じないけど…。」
「ぐ…。と、とにかく来てくれ!」
井上とそんな会話を小声で交わせば、井上はこくっと小さく頷いて。
「ごめんね、ちょっとトイレに行ってくる!」
「姫ちゃん、握手会は!?」
「後で行くって皆に伝えて!」
そうして、握手会から井上を奪うことに成功した俺は、衣装のままの彼女を抱き上げ空へと舞い上がった。
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