一護→織姫・未然形のお部屋
「なぁなぁ一護、あれ見ろよ!」
特別教室への移動中。
弾んだ声で啓吾が指差したのは、学年掲示板に貼られたポスター。
『KKI24、後夜祭に向けついに発足!』
俺はそれを呆れ半分で眺めた後、掲示板の前を容赦なく素通りした。
《なんてったってアイドル》
「ち、ちょっと待てよ一護ぉ!」
「んだよ。」
「興味ないの!?」
「ねぇよ。」
「返事早っ!!」
廊下をすたすたと歩く俺に、まとわりつく啓吾が尚も食い付く。
「文化祭の後夜祭に向けて、空座一高の可愛い子を24人集めて『KKI24』を作るんだってさ!」
「…解ってるよ。つまりアレだろ、最近流行りのアイドルのパクリだろ?」
「そう!楽しみだなぁ~…って一護、歩くの速っ!!」
だったらやっぱり俺には全く関係ないポスターだぜ…そう思いながら歩いていれば。
「あぁ、我らがアイドル井上さんは出ないのかなぁ?」
ピタリ…。
啓吾のその一言に、思わず歩みを止める。
けれど、俺は啓吾の問いかけを肯定も否定もせず、再び歩き出した。
「なぁ一護、井上さんから何か聞いてないの?」
「…聞いてねぇよ。」
そう、何も聞いてねぇ。
…けど、井上が『KKI24』とやらに参加するか…なんて、そんなの解りきってることだ。
確かに、井上はそこらのアイドルより遥かに可愛いし、スタイルだって抜群だけど。けど、井上はああいう控え目な性格で、人前にしゃしゃり出ることなんて望まないし。
第一、井上は生活の為のバイトをしてるし、文化祭前だから手芸部の活動だって忙しい筈だ。
そんな、アイドルの真似事に付き合う筈がねぇ…。
「ああっ、噂をすれば!井上さ~ん!」
「あれ、黒崎くんと浅野くんだ。」
教室の前、胡桃色の髪を翻し、井上がふわりと微笑む。
…ホント、お世辞抜きでアイドルなんかより遥かに絵になるぜ…。
「なぁなぁ、井上さんは『KKI24』に参加しないの?」
啓吾の口から早速飛び出したのは、『KKI24』の名前。
ばぁか、だから参加なんてしねぇんだよ…そう俺が心の中で井上の代わりに返事をしてやれば。
井上は困った様な笑みを浮かべ、小首を傾げた。
「それが…参加することにしたんだ。」
「ほらな…って、何だとー!?」
耳を疑う井上の一言に、俺は愕然とし、啓吾はぱあぁっと舞い上がる。
「やっぱり!?やっぱり井上さんが参加しなきゃ、『KKI24』は始まらないよね!?…ぎゃんっ!」
「ウルセェ啓吾!…てか、何でだよ、井上!」
啓吾の脳天に一発拳を落としながら、俺が井上に尋ねれば。
「その…最初は参加するつもりはなかったんだけどね?毎年参加者の少ない後夜祭を盛り上げる為に、力を貸してほしい…って、生徒会の人達がいきなり土下座しちゃってね?私なんかじゃ力になれないですって断ったんだけど、どうしても…って言われて…。」
くそ、生徒会め。
井上のお人好しな性格に付け入りやがったな。
「ほら、『KKI24』って言うぐらいだから、とりあえず24人集まらないと始まらないじゃない?人助けになるなら…って引き受けることにしたの。多分、元生徒会長の石田くんの友達だから、向こうも頼みやすかったんだと思うよ。」
いやいや、違うだろ井上。
オマエが『KKI24』に参加するか否かで、後夜祭の集客力にデカい差が生まれるんだって。
…そう内心呟きながら憮然とする俺に、井上はやっぱり困った様な笑顔を向けた。
「だからね、今日から後夜祭まで『KKI24』の練習があるから、黒崎くんともしばらくは一緒に帰れないんだ。残念だけど…。」
「な、何だと!?」
別に付き合ってる訳じゃねぇけど。
それでも上手く都合がつく日は、井上と一緒に下校できていたのに…。
「じゃ、もう次の授業が始まるから行くね!」
「井上さーん、『KKI24』の練習頑張ってね~ぐはっ!」
隣で気持ち悪い声を出す啓吾の鳩尾に、とりあえず一発ぶち込んで。
俺の目に映る、くるりと踵を返した井上の後ろ姿は、やけに遠く見えた気がした…。
…それから。
生徒会の思惑通り、学校内は『KKI24』の話題で持ち切りになった。
歌やダンスの練習風景は完全に遮断される中、早くも「押しメンは誰だ」だの、「センターは誰だ」だの…あちこちで話のタネになっている。
そして、廊下や校庭で井上に声をかける野郎共も急増。
しかも、「井上先輩、頑張ってください!」なんて赤い顔で言う下級生に、井上が天使の笑顔で「ありがとう」を返す「無自覚神対応」を見せるもんだから、野郎共は益々大騒ぎで…。
「…どうしたの?一護、面白くなさそうだね。」
「…ウルセェよ、水色。」
周りが盛り上がれば盛り上がるほと、俺のイライラは募っていくばかり。
昼飯時、俺が飲み干した牛乳パックをそのままグシャリ…と握り潰せば、スマホを操作しながら水色が苦笑いした。
「そんな一護に、『KKI24』の新しい情報だよ。」
「…別に、興味ねぇよ。」
「そっか。あのね、井上さんセンターだってさ。」
「だから、興味ね…何だと!?」
思わず大声を上げる俺に、水色がにっこりと笑い返す。
「井上さんの性格だと、センターはないって思ってたでしょ?あのね、井上さんて運動神経も頭もいいからさ。一番ダンスが上手くて、正確に覚えてるのが井上さんなんだって。それでセンターに選ばれたらしいよ。まぁ、井上さんは人気も一番だし、誰も文句は言えないよね。」
「何で知ってるんだよ!?」
「僕の情報網を甘く見ないでほしいな。」
水色はそう言うと、何か言いたげな眼差しでこちらを見て。
「井上さん、名実共にみんなのアイドルになっちゃいそうだね。」
「…ウルセェよ…。」
「一護も、後悔しないようにね?」
「……。」
そんな忠告を俺に残し、またスマホを弄り始めた。
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