突然ですが、あたし黒崎くんとお付き合いします
《突然ですが、あたし黒崎くんとお付き合いします》
「わぁ、本当に!?おめでとう、織姫!」
「た、たつきちゃんてば声が大きいよ…。でも、ありがとう。突然呼び出して、驚かせてごめんね。」
喫茶店中に響き渡る、たつきの歓声。
織姫はそれが恥ずかしくもあり、でも素直に嬉しくもあって、思わず顔を赤くした。
「あんまり驚いてはいないわよ。高校時代からずっと織姫の片想いを見守ってきたんだし、一護が織姫だけ特別扱いしてたのも一目瞭然だったもの。むしろ、一護の頭を『やっと動いたか、織姫を待たせすぎだ』ってはたきたいぐらいよ。」
そう言って、軽く手ではたく動きをしてみせるたつき。
その手があやうくテーブルのカフェオレに当たりそうになり、たつきは慌ててカフェオレのマグカップを手に取った。
「おっと危ない!…で、その報告って、もう誰かにしたの?」
「ううん。たつきちゃんが一番だよ。」
「ふふ、よろしい。…じゃあ、二番目に報告するのは?」
「うん、それはね、勿論…」
「何!?本当か、井上!良かったではないか!」
「うん、ありがとう朽木さん!…あ、ごめんね、もう『阿散井さん』だったね。」
「……っ!いや、その…く、朽木でいい…。」
「???」
未だに慣れない「阿散井」呼びに、顔を赤くするルキア。
きょとんとして小首を傾げる織姫の前で、ルキアは困ったように視線を泳がせたあと、ちよが淹れたお茶をずずっと啜った。
「わ、私のことより井上のことだ!やっと一護と井上が『かっぷる』になったのだ!めでたいことではないか!」
「えへへ…ありがとう。」
幸せ一杯の笑顔を見せる織姫。
ルキアもまたつられて微笑みながら、「結婚式の二次会の帰り道で、一護にハッパをかけてやった」と笑う恋次を思い出していた。
「ふふ…恋次、お手柄だ。」
「え?なぁに?」
「いや、何でもない。さあ井上、これを食べるがよい。朽木家御用達の和菓子屋の逸品だ。」
クスクスと笑ったルキアは再びお茶を啜り、茶菓子を織姫に勧める。
四季の花をかたどった、色とりどりの和菓子。織姫が「可愛い!それに美味しそう」と目を輝かせてその菓子に手を伸ばした、そのとき。
「して…結婚はいつ頃の予定だ?」
「け、けけ、結婚!?」
さらりと尋ねるルキアに、ぽろり…と織姫の手から落ちる、桜の花を模した和菓子。
その和菓子の様に、織姫は頬を桜色に染めて、首を左右にぶんぶんと振った。
「そ、そんなのまだだよ!お付き合いを始めたばかりだもん!」
「何を言うか。出会ってもう6年の歳月が経っておるのだろう?お互いのことなど既に十分知り尽くしているのだ。今更長い交際など必要ないと思うが…。」
「な、仲間として付き合うのと、恋人として付き合うのは違うよぅ!それに、黒崎くんはまだ学生さんだから!」
「むう…そんなものか?」
ルキアが、納得できないというように小首を捻る。
実はルキアは、今は夫である恋次といわゆる「男女交際」をしていない。
幼い頃から家族同然だった彼と、心のすれ違いから一度離れ離れになり、50年の時を経てまた家族に戻った…そのこと自体がルキアにとっては特別で大切なことであり、家族として暮らす相手の肩書きが「幼なじみ」から「夫」に変わっても、恋次との関係そのものに何ら変化はなかった。
だから、「仲間」として付き合うのと「恋人」として付き合うのは違う…という織姫に、「そんなに違うものだろうか」との疑問をもったのだ。
「仲間」だった頃から織姫は既に一護を好きだったし、一護も織姫を「俺が護る」と宣言するぐらいには特別視していたのだから。
「まぁ良い。井上が幸せなことに代わりなければ。早速、兄様にもこのことを報告しなくてはな!」
「え?ま、待って朽木さん!まだ誰にも言わないで!」
「何?なぜだ?」
兄様もさぞ喜ぶだろう…と言おうとしたルキアは、それを織姫に制止され、再び首を傾げる。
そんなルキアに、織姫はその場にかしこまると、控え目な声で告げた。
「だって…まだお付き合いを始めたばかりなんだもの。上手くいくかどうかなんて、解らないでしょう?」
「…井上、オマエまた一人で尸魂界に行っただろう?」
「へ?」
その日の夜。
大学の帰りに織姫の部屋に寄った一護は、部屋のラグの上に座るなり、織姫にそう尋ねた。
そして、自分にコーヒーを差し出す織姫の引きつった笑顔は、声で聞かずともその答えを十分に物語っていた。
「…な、何で解ったの?」
「オマエの霊圧を探れば解るよ。別に悪いことじゃねぇけど…。」
織姫を意識してからというもの…いや、意識する前から、彼女の行動範囲は常にきちんと把握しておきたいというのが一護の性分だった。
勿論、織姫のことは信頼しているし、尸魂界はそれなりに安全な場所だと解ってはいるのだが、それでも織姫が一人で尸魂界へ行き、自分の知らぬ所で複数の相手と接触しているのが、何となく面白くないのだ。
「…で、今日はルキアにでも会いに行ったのか?」
「う?う、うん…。」
歯切れの悪い返事を返す織姫をちろりと見上げて、一護は隣へ座るように顎で促す。
一護に促されるまま、すとんと腰を下ろす織姫。
そして、一護はコーヒー、織姫はカフェラテに無言で口をつけた。
「…で、ルキアに俺と付き合いだしたって、報告してきたのか?」
「え…ええっ!?どうして知ってるの?」
しばらくは二人が飲み物を啜る音だけが響いていた部屋。
やがて、沈黙を破った一護からの予想外の問いかけに、織姫は驚いて弾かれた様に隣を見上げる。
「たつきからさっきメールが来てさ。『織姫を大切にしなさいよ』だとよ。俺が井上を泣かさないようにって、早速釘を刺してきやがったぜ、あいつ。」
「あ…たつきちゃんが…。」
「たつきに知らせたんなら、ルキアにも知らせたんだろうなと思ってさ。」
織姫は、たつきの応援を嬉しく思いながらも、たつきとルキアに付き合いだしたことを報告したことが早々に一護にバレてしまったことに、身体を小さくした。
「ごめんね、黒崎くん。でも、たつきちゃんと朽木さんには、もし黒崎くんとお付き合いできる日が来たら、すぐに知らせるって約束がしてあって…。」
「…何で謝るんだよ?」
一護がそう問えば、織姫はまるで悪いことをした子供の様な顔で俯く。
「だって…黒崎くん、まだお付き合いしてること周りの人に知られたくなかったでしょ?」
「何でそう思う?」
「え…っと、何となく…かな。ほら、黒崎くん恥ずかしがり屋さんだし…。」
「それだけか?」
「え…その…。」
低い声で紡がれる一護の静かな追及に、次第に追い詰められる織姫。
織姫は手にしていたマグカップをコトリとテーブルに置くと、膝の上でキュッと両手を握りしめた。
「だって…しばらく付き合ってみなくちゃ、上手くいくかなんて、解らないでしょう?付き合ってるって周りが知らなければ、もし上手くいかなくて別れても、誰にも何にも言われない…きゃっ!」
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