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「…井上。」

楽屋に戻り、カチャリ…と扉を開ける一護。
その音に反応した織姫と石田が、同時に顔を上げる。

一護は自分を見つめる織姫の目が赤くなっていることに気付き、チクリと胸に痛みを感じた。
石田はその一護の表情を見て、安堵の溜め息をつく。

「漸くそのおめでたい頭も冷えたみたいだね。…じゃあ、僕はギターのチューニングに行ってくるよ。」

石田はそう言うと、織姫の肩をポンッと軽く叩き、一護と入れ替わりに楽屋を出ていった。

「…黒崎くん…。」

パタンと閉まった扉越しに聞こえる石田の足音が、次第に遠のいていく。織姫は未だに潤んだ瞳で、ゆっくりと近付いてくる一護を見上げた。

「…井上。さっきは怒鳴って悪かった…。」

そう謝りながら、一護の手が涙で濡れた織姫の頬に触れる。織姫はふるふると首を左右に振りながら、再びぽろぽろと涙を溢し始めた。

「…私こそ、ちゃんと黒崎くんに相談すればよかった…。勝手なことしてごめんなさい…。」

震える織姫の身体を、一護がそっと抱き寄せる。
織姫は一護に許されたことに安堵し、その胸板にきゅっとしがみついた。

「今朝…啓吾から電話が来てさ。今日発売の週刊誌のグラビアに井上が出てる、すっげぇ可愛くて色っぽくてたまんねぇって大騒ぎしててさ…正直、ショックだった。」

そう淡々と語る一護のどこか悲しげな声に、織姫は胸をきゅうっと締め付けられた。
一護に嫌われるのが怖かったし、何より自分の浅はかな行動が結果として一護を傷付けたことが辛かった。

「それで、慌ててコンビニ走ってその週刊誌買ってさ…またショック受けた。オマエ、どの写真もすっげぇ可愛くて、綺麗で…俺の知らない井上がいっぱい映ってて…。何だよこれっ…て。こんなの、日本中の男が見るのかよって思ったら、腹が立って腹が立ってしょうがなかった。」

一護の腕の中、ゆっくりと顔を上げる織姫。一護の顔を映す大きな瞳は、涙で悲しげに揺れていた。

「…グラビアだって、立派な仕事だって分かってる。井上の可愛さとかスタイルの良さが認められたからそういう話が来たんだってことも。…けど、やっぱり嫌なんだよ。」
「…黒崎くん…。」

そう言いながら、一護は織姫の身体を抱き締める腕に力を込める。

「井上は…俺のだ。芸能界にいて、こんな甘いこと言うなんて本当に馬鹿だと思うけどさ…。井上が他の男にイヤらしい目で見られるとか…耐えられねぇ。」
「…ごめんね、黒崎くん…。私、黒崎くんの…みんなの役に立ちたかったの。本当に、それだけなの…。」

ぐす、ぐす…と時折しゃくりあげながらそう言う織姫の髪を、一護の手が慰める様に幾度も優しく撫でる。

「…井上は十分役に立ってるだろ。俺はオマエなしで歌は歌えない。オマエが後ろにいるから、俺は前だけ見ていられるんだ。オマエが作った歌だから、俺は歌うんだ。」
「…うん…。」
「頼むから、水着だの下着だののグラビアは全部断ってくれ。それから、一人で悩まずにもっと俺に相談してくれ。…俺達、恋人同士だろ?」

そう言うと一護は腕の力を緩め、確かめる様に織姫の顔を覗き込んだ。
一護に真っ直ぐに見つめられた織姫は、こくりと頷きながらも心配そうな顔をしてみせる。

「…でも、あんまり仲良くしてて周りにバレたら困るでしょう?だから、メールも電話も控え目にしようと思って…。」
「…その辺は上手く誤魔化すし、何とかする。それに何があってもオマエは俺が護るから。…だから約束しろ、絶対に独りで悩むな。分かったな?」
「…うん…ありがとう、黒崎くん。大好き…。」

一護の腕の中、漸くはにかんだ様な笑顔を見せる織姫。
一護は一つ頷くと、指切りの代わりにその柔らかな唇に自分のそれを重ねた…。










「…どうだい?二人は。」

ギターのチューニングを終え、足音を忍ばせて楽屋に戻って来た石田。
その入り口の扉に背を預けて立っているチャドに石田が小声で話しかければ、チャドは軽く手を上げ頷いて見せた。

「ム…どうやら仲直りしたらしい。」

チャドに差し入れの缶コーヒーを手渡しながら、石田はチャドの隣で小さく溜め息をつく。

「…全く、黒崎の独占欲の強さには参ったよ。しかもあのバカでかい声でまくし立てて…外に聞こえてたら、すっぱ抜かれても文句言えないって言うのに…。」

石田の言葉を黙ったまま聞いていたチャドは、缶コーヒーをぐびりと一口飲んだ。

「…しかし、一護と井上無しでは俺達のバンドは成立しない。」
「…分かってるよ。ただ…こうやって二人の関係がバレない様に気を配っている僕達の身にもなって欲しいね。君だってこうして見張り番ばかりさせられて、そろそろ嫌気がさしてこないかい?」

石田の皮肉めいた言葉に、チャドはフッと笑って答える。

「…別に。あの二人が上手くいっているなら、それでいい。」
「…心が広いね。そもそも黒崎も井上さんも僕達にまで付き合っているの隠して…まぁ全然隠せてないあたりが呆れを通り越して微笑ましいけどね。」

そう言いながら、石田もまたフッ…と小さく笑い、チャドと顔を見合わせて頷いた。

「…さて、そろそろライブのリハーサルが始まる。いい雰囲気のあの二人には悪いけど、もう声を掛けなきゃ。」
「…ウム、そうだな。」

腕時計をちらりと見た石田は、缶コーヒーを勢いよく煽ったチャドと二人でニヤリと笑い合うと、一護と織姫がいる楽屋の扉をノックしたのだった。













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《あとがき》





こちらは、2014年5月に発行された洸希様主催の一織アンソロジー「5回とも同じ人を好きになる」に寄稿させていただいたお話です!

2014年て…すごい、もう7年も前じゃないですか…(゜゜;)。娘がまだ0歳児ですよ…。

さてさて、かの有名な織姫ちゃんの台詞がタイトルとなったこのアンソロジー、「何回目の人生でも、どの世界線でも、ラブラブな一織」ということで、一織のパラレルがテーマだったんです。

このアンソロジーに参加させていただいた頃は、まだサイトでバンドパラレルの連載を始める前でして、このお話は読みきりの短編として書かせていただきました。

バンドパラレルのあとがきにも書いた気がしますが、妄想当初は恋次くんが恋のライバルポジションになる予定だったため、一織が付き合っているのを、石田くんとチャドが知らないふりをしている…という、本編にはない展開になっています。

でも、バンド内の4人の立ち位置とか、一護がとにかく過保護でヤキモチ焼きで、織姫ちゃんに肌を露出するような仕事は一切させたくない…というベースは、この頃からしっかり引き継がれていますね(笑)。

織姫ちゃんのグラビアがあったら、私も飛びついちゃうと思います。一護に蹴飛ばされそうだけど…(笑)。

洸希様、その節はアンソロジーに誘ってくださり、本当にありがとうございました!( 〃▽〃)





(2021.05.16)
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