NEW WORLD MUSIC








《NEW WORLD MUSIC》






「何だよ、これは!」

バシッ…と大きな音を立てて、机に叩きつけられた週刊誌。

とあるコンサート会場の楽屋の一室で、一護の怒声が響く。織姫がその声にびくっと身体を震わせ、怯えた様に小さくなった。

「…よせ、黒崎。井上さんが怖がってる。」
「うるせぇ、石田は関係ねぇだろ!これが黙ってられるかよ!」

怒りに任せ、バンッと週刊誌を叩く一護の手。その表紙に写っているのは、水着姿で微笑む織姫だっ
た。

「…一護、落ち着け。」
「チャドも何でそんな普通にしてんだよ!お前ら井上がこの仕事受けたの知ってたのかよ!」

一護のその言葉に、黙ったままのチャドと石田。それは一護の先程の言葉を二人が肯定したに等しく、自分だけが何も知らされていなかったことに一護はますます苛立ちを露にする。

「その…ごめんね。黒崎くんはドラマの撮影中だったし、相談して撮影の邪魔しちゃ悪いなって思ったから…。」

泣きそうな顔でそう言う織姫だったが、一護の怒りは収まらない。
「俺達のバンドは、井上が脱いで男に媚び売らなきゃやっていけねぇのかよ!」
「…黒崎、いい加減にしろ。」

一護の乱暴な言葉を、石田の声が静かに、しかしピシャリと遮る。

「いくら何でもその言い方はないだろう。グラビアだって、井上さんが考えて引き受けた立派な仕事だ。黒崎だってドラマの仕事を受けてる。同じだろう?」

そう織姫を庇う石田に、一護が噛み付く様な勢いで叫ぶ。

「俺がドラマの仕事を受けてるのは、タイアップを取って歌を売る為だ!あくまでも俺達はバンドだ。井上がこんなグラビアアイドルみたいなことする必要ねぇだろ!」
「甘いな、黒崎。出来る仕事は何でもやるぐらいじゃなきゃ、この世界では生き残っていけやしない。」
「…俺達の音楽がその程度のレベルだって、そう言いてぇのか!」

睨み合う一護と石田を、二人の間でおろおろしながら交互に見る織姫。
しばらくはその様子を少し離れたところで静観していたチャドだったが、やがて溜め息を一つつくと二人の間に割って入った。

「…一護。」
「何だよチャド…って、おい、何すんだ!」
「少し頭を冷やしに行くぞ。」

そう言うが早いが、一護の腕をガッシリと掴むチャド。
「は?離せよ、おい…!」

抵抗はしてみるものの、流石の一護もチャドの力には敵わず、織姫と石田が見守る中、一護は楽屋の外へずるずると強制的に引き摺られていったのだった。








「…イテェな、離せよチャド!」
「ム…ここならいいか。」

一護を通路へと連れ出したチャドは、周りに誰もいないことを確認し一護を掴んでいた手を離した。

「チャド、テメェ…!」
「…一護、井上を責めるな。」

静かに威厳をもってそう告げるチャドに見下ろされ、一護はぐ…と言葉の続きを飲み込んだ。

「井上は、自分もバンドの役に立ちたいと言っていた。井上がそう願って受けた仕事なんだ。」
「…井上はキーボードの担当だ。何より俺達のバンドの曲を全部作ってる。これ以上、役に立つ必要があるか!」

そう叫ぶ一護に、チャドが頷く。

ボーカルである一護の癖や声質や音域を知りつくし、一護のイメージに合った曲を作ることは、高校時代にバンドを結成してからずっと時間を共にしている織姫だからこそ出来るのだ。

「…俺もそう思う。何よりこのバンドで俺達みたいな厄介な男3人の間を取り持てるのは井上しかいないからな。…だからそう話したが、井上は納得しなかった。」「……。」

相変わらずチャドを睨む様に見つめる一護。しかしその眼差しからは、先ほどまでの攻撃的な光は薄れていた。

「俺達が少しずつ売れ出して…お前はドラマに、石田はクイズ番組に、俺は体育会系の番組に引っ張られるようになった。だから、自分だけ何も取り柄がないことが申し訳ないと井上はいつも言っていた。」
「……。」
「俺達はバンドの名前を売る為に、ソロの活動を増やした。それが知らぬ間に、井上を不安にさせていたのかもしれない…。」
「…それは…。」

黙ってチャドの言葉を聞いていた一護の表情が次第に曇り、視線が泳ぎだす。
がむしゃらに仕事をこなす日々の中で、いつしか織姫を振り返ることを忘れかけていた自分に漸く気が付いた一護は、思わず視線を落とした。

織姫はデビュー当時から屈託のない笑顔と飾らない人柄で、多くのファンやスタッフから愛されているし、何より一護や石田、チャドにとって、彼女は仲間として絶対に必要不可欠な存在だ。
しかし当の織姫本人はと言えば、愛されている自覚などまるでなく、いつも自分を過小評価してばかりで…そんな彼女の性格を一護は誰よりも理解し、いつでも彼女に寄り添っているつもりだった。

それなのに、いつしか仕事に没頭し、気が付けばいつも笑顔で自分を見送り迎えてくれる織姫に、自分が逆に甘えていたのだ。
その結果、織姫の不安や寂しさに気付かないばかりか、強い言葉で一方的に彼女を責めてしまったことを、一護は今更の様に後悔し始めていた。

「…井上にもっと自信をもってほしいと思った。だから俺達は止めなかったんだ。ただ、一護がこのことを知らなかったのは誤算だった…すまない。」
「いや…。」

チャドの謝罪に、一護がゆるゆると首を振る。
そんな一護の反省した表情に、チャドは内心安堵し、溜め息をついた。

普段は無口で積極的に意見をすることこそないが、ここぞという時にメンバーを諌める…それがベースと共にチャドが自負するバンド内での役割だった。

「…だから一護、お前の口から言ってやれ。『井上の代わりはいない』と。それが何より、井上を井上らしくする筈だ。…確かに、水着のグラビアは井上も少し無理をしている気がする。」
「…分かったよ…。サンキュー、チャド。」

落ち着きを取り戻した一護がゆっくりと顔を上げる。そのどこかさっぱりとした表情に、チャドも穏やかな笑みを返した。

「…俺は楽屋に戻るよ。チャドはどうするんだ?」
「ム…。舞台を少し見てくる。」
「了解。チェック頼んだぜ。」

一護は軽く手を上げると、踵を返して楽屋へと続く通路を歩いていく。

「…井上を頼んだぞ、一護。」

やがて通路の向こうへと姿を消した一護の背中に穏やかにそう呟き、チャドもまた舞台へと向かったのだった。




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