第1弾〜片想いな一織〜






「恋をすると、女の子は綺麗になる」

そんな言葉を聞いた。

でも、それって本当なのかな。

だって、私は。

恋をして、自分の醜さに気付いたから。





《初めての、イメチェン》





髪型を、変えてみた。

前髪の分け目を変えただけ、とかじゃなくて。

前髪を伸ばして、サイドに流して。
後ろ髪には、ゆるくウェーブをかけてみた。

ヘアピンも、つけるのを止めた。

子供っぽい私にできる、精一杯の背伸び。










朝、家を出る前に鏡を覗き込んで。

「…似合うかな…。」

鏡に映る私に、独り呟く。

似合うかな。
大人っぽく見えるかな。
綺麗に見えるかな。


…そんなことを考えて、小さく溜め息をついて。

鞄を手に取り、玄関を開けた。











「おはよ、織姫!…お!髪型変えたの?」
「おはよう、たつきちゃん!」
「いいんじゃない?そういう感じも、大人っぽくて。」
「…そ、そうかな…?」

朝、学校に行けば、たつきちゃんは直ぐに髪型を変えたことに気付いてくれて、褒めてくれた。

「おはよー織姫。わ!髪型変えたんだ~。雰囲気変わったね~!可愛いよ!」
「あ、みちるちゃん、ありがとう。」「おはよう織姫。あ、髪型変えたの?似合ってるよ!知的な感じがして。」
「ほ、本当?鈴ちゃん。」
「きゃああ!おはようアタシのヒメ~!!何て可愛いの、アタシの為にこんなに綺麗になって…!」
「違うっての!朝から織姫に抱きつくな!!鬱陶しい!」
「あ、ありがとう千鶴ちゃん。」



私の大好きな、お友達。

みんなみんな、褒めてくれた。

綺麗だよ、大人っぽいよ、可愛いよ、って。

…でもね。

本当は違うんだよ。

全然、綺麗なんかじゃないんだよ。
大人でもないし、可愛くもないの。



…だって、髪型を変えたぐらいで、追い付ける訳がないって、痛いぐらいに知ってるの。

…あの、漆黒の綺麗な髪の。
どこまでも澄んだ眼差しの。
気品溢れる佇まいの。
強くて真っ直ぐで凛とした、私の大切なお友達には…。






「恋をすると、女の子は綺麗になる」

そんな言葉を聞いた。

でも、そんなの嘘だよ。

だって、私は。

恋をして、たった一人、本当に誰かを想う様になって。

醜くなったの。

いっぱい嫉妬して。
自分の非力さを知って、落ち込んで。
努力しても叶わない夢があるんだって、現実にぶつかって。
ただ、彼を好きなだけで幸せだった自分には、もう戻れなくて。

彼の前でどうやって笑っていたのか、それすら思い出せないの。

髪型を変えても。
一生懸命修行しても。

きっとそんなの、何の意味もないんだって。
「あの人」には追いつけないんだって心のどこかで思ってる。

こんなにひねくれた私、可愛くもなんともない。







…それでも…。







「…井上?」

廊下を歩いていたら、後ろから私の名前を呼ぶ、大好きな低い声。
ざわざわと、胸の辺りがざわめく。

「あ…お、おはよう、黒崎くん!」

期待と不安がぐちゃぐちゃに混ざり合って。
ドキドキしながら振り返る。
私がいつもの様に笑って挨拶すれば、黒崎くんは少し驚いた様な顔をした。

「…髪型、変えたんだな。」
「…うん…。」
「そっか。…似合ってるぜ、それも。」
「…え…?」

…とくり、と胸が鳴る。

私は黒崎くんがさらりと言ったその一言に、一瞬呆けてしまって。

その間に彼は教室へ入っていってしまったから、「ありがとう」を告げることすらできなかったけれど。

…嬉しかったの。

気付いてくれて。
褒めてくれて。

社交辞令でも構わないの。
涙が出そうなぐらい、嬉しかった。
…それなのに。

ふわりと温かくなった筈の心の片隅に巣くう、もう一人の私が冷たく囁く。

…でも、髪型を変えたぐらいで、アナタは私を選んだりしないでしょう…?
だって私は、アナタの人生を変えた「あの人」じゃないんだもの…。




…ほらね。

醜いよ。

やっぱり、綺麗になんてなれないの。


…でも、なりたいよ。


もっと、綺麗になりたい。
もっと、強くなりたい。

…「器」だけじゃなく、「魂」ごと。











(でも本当は解ってるの、例えどんなに頑張っても、私はアナタに届かない)











「…一護、井上さん髪型変えてたね。」
「…そうだな。」
「ちゃんと、褒めてあげた?」
「…似合ってる、って、一応は…。」
「…ま、一護ならそれで上出来かな。他の女子なら、褒めるどころかそもそも髪型を変えたことにすら気付かないだろうからね。」
「………。」
「『ちゃんと見てるよ』ってアピールしておかないと、そのうち井上さん誰かに取られちゃうよ?」
「…水色…!そ、そんなんじゃねぇし。」
「ハイハイ、今はそういうことにしといてあげるよ。」







(どうかそんなに綺麗にならないで欲しい。不安になるから)







(2014.10.02)
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