第1弾〜片想いな一織〜





「おーい、パンはいらんかね~。美味しいパンですよ~。」

土曜日の午後。
遊子も夏梨も親父もいないリビングで、1人寛ぐ俺の耳に届く明るい声。

「…アイツ…。」

本当は、弾むようにこちらに近づいてくる澄んだ霊圧に気付いていたから、期待していた癖に。
俺はまるでその来訪が意外だというような顔をして、胡桃色の髪の彼女を迎えた。




《初めての……》




「お邪魔しま~す。」
「おう。しっかし、相変わらずすげぇ量の廃棄パンだな。うちの家族は4人だって。」
「廃棄じゃないもん、売れ残り!」

両手に山の様なパンを抱えた井上を、リビングに招き入れる。
井上をソファに座らせて、適当に飲み物を入れた俺がリビングに戻れば、井上はテレビの傍に置いてある黒い機械をまじまじと見つめていた。

「懐かしいだろ、それ。」
「…へ?懐かしいの?」

俺が飲み物をテーブルに並べつつそう言えば、井上はきょとんとして小首を傾げる。

「…もしかして、井上それ知らねーの?」
「あ、あはは…。私、どうにも機械には疎くて。」

俺が指差す先にあるのは、古い型のゲーム機。
急に懐かしいゲームをやりたくなって、久しぶりに引っ張り出したところだったんだ。

「へぇ、これもゲームなんだぁ。ごめんね、全然知らなくて。」
顎の辺りを人差し指でかきながら、困った様に笑う井上。
まぁ、機械音痴な井上らしいけど。

「そっか。井上は全然ゲームとかやらねぇんだっけか。何なら、今からちょっとやってみるか?」
「え、ええっ?」
「パズル系のゲームなら、すぐにできるぜ。やってみたら面白いかもしれないだろ?」

俺は井上の返事を待たずして、早速パズルゲームのソフトを取り出し、ゲーム機にセットする。
ゲームが始まれば、井上はそれを珍しそうな顔で見つめた。

「わぁ、何か可愛いね。」
「これは、所謂『落ちゲー』ってヤツで…こうして落ちてくるのを回転させて、同じ色を4つくっつけて消すんだ。」
「ふむふむ…。」
「で、ただ消すだけじゃなくて、一度に大量に消したり連鎖組んだりすると、相手に攻撃できる。こんな感じで…。」
「うわぁ!黒崎くんすごーい!」

試しに俺が3連鎖を繰り出して見せれば、感嘆の声を上げた井上はキラッキラした瞳で俺とテレビ画面を交互に見つめる。

そのまま俺がコンピューターに勝利すれば、井上は「すごいすごい」と俺を尊敬の眼差しで見つめてきた。
本当、井上のこういう純粋なところ、可愛いよな…。

「ほら、今度は井上がやってみ?」
「う、うん…できるかな…。」
ボタンと十字キーの説明をしてコントローラーを手渡してやれば、戸惑いながらもそれを受け取った井上はテレビ画面に対し正座する。

「わわっ!どうしよう、くるくる回転しちゃうよ!」
「わ、見て黒崎くん、消えた消えた!」
「わぁぁ!負けちゃうよ、黒崎く~ん!」

ゲームがスタートすると同時に、井上の大騒ぎもスタート。
こんな昔懐かしいゲームに一喜一憂する井上が可笑しくて、可愛くて。
井上の隣で、込み上げてくる笑いを必死に堪える俺。

「…も、もう1回やってもいい?黒崎くん。」
「どーぞ。…そうだ、せっかくなら俺と対戦するか?」
「え、ええっ?」
「勿論、手加減してやるからさ。」

俺がそう提案すれば、少し考える様な素振りを見せた井上は、突然名案を思い付いたとばかりにパアッと笑顔になった。

「じゃあ、賭けにしよっか。」
「…は?賭け?」

俺が井上の台詞をそのまま繰り返せば、彼女はにっこりと笑って。

「うん!たつきちゃんと空手の手合いでよくやったの。たくさん負けちゃった方が、勝った方のお願いを何でも1つ聞くの。どうかな?」

な、何でも聞くって…。

その言葉に、俺の脳内を一気に過ぎる、とても口には出せない邪な「お願い」の数々。
…いやいや、何考えてんだ俺。
まだ俺と井上は付き合ってねぇんだし…じゃあ「俺と付き合ってくれ」ってお願いは有効か?

…待て待て、ゲームで告るとかなしだろ…じゃあ「ギュッてしていいか?」とか…こらこら、これも順番がおかしいだろ…。

「お、おう…いいぜ?」
「本当?たつきちゃんもね、賭けをすると燃えるんだって!」

無邪気に笑う井上に、下心を押し隠し了承の返事を返す。
…そうだ、「お願い」はゲームをしながら考えればいいんだ。

「よし、じゃあ俺が画面の右な?井上、左だから。」
「うん!頑張るぞ~!」

俺はコントローラーを手に取ると、張り切る井上の隣で画面に向き合った…。











「…おい、ちょっと待て、井上今何した!?」
「わーい、7連鎖ー♪」
「なにぃ!?」

20分後。

あっという間にゲームに慣れた井上から、怒涛の連鎖攻撃を受ける俺。

…そうだ、井上は順応性が高くて、器用で、しかも頭がいい。
パズルゲームなんて、まさに彼女に打ってつけな訳で…。

「よ~し、もう1回7連鎖行っちゃうぞ~!」
「わわ、ヤベぇ!」

…これじゃ、「お願い」どころじゃねぇってか…。



《初めての「2人でぷよ○よ」》








《オマケ》




「ああっ!くそっ!」
「わーい!また勝っちゃった~!!」

…30分後。

俺と井上のぷよ○よ対決は、見事に俺の惨敗で終わった。

勝敗の差を縮めようにも、「もう1回、もう1回」と回数を重ねれば重ねるほど、井上は腕を上げて強くなるんだからどうしようもない。

俺はコントローラーを床に投げ捨てると、両手を上に上げた。

「…はぁ~。負けだ、負け。ってか、井上すげぇな。全国大会とか出られるんじゃねぇの?」
「えへへ~そんな~。」

俺の賞賛に、井上は照れた様に頬を染め頭をかいている。

「…で、『負けた方が勝った方のお願いを何でも聞く』んだっけか?」

俺の邪な「お願い」の数々は残念ながら闇に葬られることになったが、約束は約束。
俺がそう切り出せば、井上はポンっと顔を赤くした。

「…え、えっと…い、いいの?私が勝手に言い出したことなのに…。」

もじもじしながら、申し訳なさそうに俺を見上げる井上。
俺は溜め息を1つついて井上に胸を張ってみせた。

「井上の提案に『いいぜ』って言ったのは俺だ。俺にできることなら、何でもこいだぜ。」
「えっと…じゃあ…。」
井上は、迷った様に視線をちらちらと彷徨わせたあと、上目遣いに俺を見て。
そして、小声で遠慮がちに呟いた。

「…黒崎くんと、また『ぷよ○よ』対戦したいです…。」












「ただいま~。…あれ、一兄。懐かしいじゃん、『ぷよ○よ』やってんの?」
「おう、夏梨、いいとこに帰ってきたな!ちょっと対戦に付き合えよ!」
「へ?いいけど…何で今頃『ぷよ○よ』やってんの?」
「いいから!次こそ、俺が勝つんだよ!」
「???」





(そして始まる、俺の『ぷよ○よ』特訓の日々)










(2014.11.09)




(2014.10.2)
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