短い話のお部屋






《1日の終わりには》





…その日、一護と織姫は付き合って初めての喧嘩をした。

原因は、些細な事だった。

一護の帰りを校門で待っていた織姫に、声を掛けてきた他校の男子。
織姫はその見知らぬ男子生徒の強い押しに負け、「一枚だけなら」と写メを撮るのを許してしまったのだ。
そこへやって来た一護が、当然それをよしとする筈もない。
織姫をアパートまで送る間、長々と一護の説教は続いた。

織姫の人の良さはともすれば無防備に結び付く。

見ず知らずの男に写メを撮らせるなど、一護に言わせればとんでもないことだった。
…勿論、彼の独占欲もその怒りに幾分か関与していたが。

「その写メが、どんな風に使われるか分からねぇんだぞ!」
「でも、悪いことには使わないって、約束してくれたよ?」
「だから、『悪いことに使います』何て申告して写メ撮るヤツなんているわけねぇだろ!」

そんな会話を、結局アパートの入口まで繰り返していたのだった。

他校のその男子は、空手の大会でたつきの応援に駆け付けた織姫に一目惚れしてしまい、勇気を振り絞ってここまで足を運んだということだった。
勿論、織姫は既に一護という彼氏がいることも、その気持ちには答えられないこともはっきりと伝えた。

それでも「写メだけでも」と言われて最終的にそれに応じてしまったのは、織姫にも同じ経験があるからだった。

まだ、一護に片想いしていたころ、どうしても一護の写メが欲しくて、それこそ身体中の勇気を奮い立たせて一護に頼んだのだ。

一護は「写メとかあんま好きじゃねぇけど…。」とガリガリと頭をかきながら、それでも照れくさそうにそっぽを向いた写メを一枚だけ織姫に撮らせてくれた。
嬉しくて嬉しくて、その日1日、ずっとその写メを見つめていたことを、織姫は今でも忘れられない。
織姫の横を眉間に皺を寄せて歩く一護はもう覚えてはいないのだろうが、織姫の携帯電話には今もその写メがその時の心ごと残っているのだ。

…だから、いつもならまず自分から折れる織姫も、今日だけは素直に「ごめんなさい」が言えずにいた。



いつの間にか辿り着いてしまった、織姫のアパートの前。

いつもなら、名残を惜しむように「また明日ね」というその瞬間まで一緒にいる二人だったが。

「…じゃあ、俺もう行くわ。」
「うん…遊子ちゃん、きっと待ってるよ。」

短い会話の後、お互い重い空気から逃げるように別れた、一護と織姫。

織姫は玄関に入り靴を脱ごうと腰を下ろした。
ころんと転がる2つのローファーが、ぼやけて見える。

「…う…。」

込み上げてくる涙。
今更のように押し寄せる後悔。

…けれど、相手が一護だからこそ、その場しのぎの謝罪などしたくはなくて…。

「…喧嘩、しちゃったよう…。」

ぽろぽろと零れる涙が、織姫のスカートに幾つもの染みを作った。


織姫がそのまま暫く玄関でうずくまっていると、聞こえてくるのはカンカンという階段を登る足音。

それは次第に近づいて来て、織姫の部屋の前でぴたりと止まる。

「…?」

思わず顔を上げて扉を凝視する織姫。

「…おい、また鍵がかけてねぇじゃねえか!」
「く、黒崎くん?!」

扉から飛び込んで来たのは、一護だった。
はあはあと肩で息をしながら乱暴に靴を脱ぎ捨てると、一護はおもむろに織姫を抱き上げた。

「おい、上がるぞ!」
「え?!きゃああっ!!」

勢いそのままに織姫の部屋に上がった一護は、織姫をお姫様だっこしたままリビングの床にどかっと 座った。

「く、黒崎くん、夕食は?!」
「さっき遊子に、一時間遅くなるって電話しといた!」

はああっと自分を落ち着かせるように大きく深呼吸をした、一護。

「こんな小っせぇ喧嘩で、井上と別れ話になるとかは思ってねぇけど…やっぱり、オマエと喧嘩したまま1日が終わるのは、嫌だ。」

一護は腕の中で驚いたまま固まっている織姫を見た。

「…だから、あと一時間でするぞ、仲直り。」

一護の言葉の意味を理解した織姫の顔が、ふにゃふにゃと崩れていく。

「ふぇ…黒崎くん…ごめんなさい…!」

涙と共に織姫の唇から自然に零れる、謝罪の言葉。
一護は腕を伸ばしてくる織姫をぎゅっと抱き締めた。

「俺も、キツいこと言って、悪かった…。」

耳元で囁かれる一護の言葉に、織姫はふるふると首をふった。

「よかった、よう…。黒崎くんと喧嘩したまま、1日が終わらなくて…。」
「なあ、これからもきっと喧嘩とかするだろうけどさ…ちゃんとその日に仲直りしようぜ。」

絡め合う小指と小指。
それは、二人が一緒に作った最初のルール。
そして、これからもずっと一緒にいるという約束…。



(2012.10.10)
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