短い話のお部屋
《狭い視野・一護ver.》
暑い日差しが幾分か和らぎ、一護や織姫を初めとするいつもの面々は、久しぶりに街へと繰り出していた。
「まっずは、カラオケでしょ、そっの後はボウリングでしょ、そっの次は~♪」
織姫達も一緒とあって、上機嫌で最前列を歩く啓吾。
「…は、恥ずかしい…。」
「このまま、こっそり走って逃げるか?」
頭を抱えるたつきと呆れ顔の一護。
「ほら、でも今日が楽しみだったんだよ。ね?」
「井上さんは、本当に優しいよね。」
さらにその後を織姫と水色がついて歩いていた。
すると、向こうから歩いてくる通行人に、啓吾が反応する。
「ん?…おお、あれは!今話題のモデルのAさんじゃないですか?!」
遠目からだというのに、啓吾の視力はこういうときには超人的な力を発揮する。
確かに、ただ綺麗なだけではない、華やかなオーラを纏った女性が、マネージャーや関係者らしき数人の男性に囲まれながら近づいて来る。
すれ違い様に目にハートを浮かべてガン見する啓吾、そして後ろに続いていたたつき達もちらりとそちらを見やった。
織姫は、前を歩く一護の視線も確かに彼女の方を向いたことに、ちくりと胸が痛むのを感じた。
(やっぱり、黒崎くんも、ああいう綺麗なヒトがいいのかな…。)
相手はモデル。自分と比べること自体、間違っているのだと分かっているのに、それでも消えない劣等感。織姫は小さく溜め息を漏らした。
「…なあ、井上。」
「う、うん、なあに?」
一護の声かけに、織姫は小走りでその隣へと駆け寄る。
「オマエも、もっとああいう格好したらいいんじゃねぇの?」
「え?」
そう言われて、織姫がもう一度こっそりと振り返れば、先程のモデルらしき女性が身に付けているのは、三段に渡ってふわふわのフリルがついた、小花柄のロングスカート。
「え?いえいえ、私にあんな可愛いのは似合わないよ!」
「そうか?井上、元はいい癖に、選ぶ服が地味なんだよな。たまには、ああいうのもいいんじゃねぇの?」
確かに、織姫の選ぶ服は性格の表れなのだろうが、控え目なデザインの物が多い。
「あ、あれはモデルさんだから似合うんだよ!黒崎くんも見たでしょう?すごい美人だったの!」
小さな手をパタパタと顔の前で降りながらそう言う織姫に、一護はさらりと返す。
「そうか?つーか、俺、顔とか見てなかったわ。」
その発言に驚いたようにきょとんとして自分を見る織姫に、ガリガリっと頭をかいた一護は、ぼそりと呟いた。
「ああ、でもオマエが着飾って、余計なムシがこれ以上増えても困るけどな…。」
「ムシ?」
小首を傾げる織姫と一護の側からすすすっと離れ、後ろを歩く水色に合流するたつき。
「…聞いた?」
「…聞いた。」
前を歩く織姫の横顔は、先程まで見せていた憂いの表情から一転、幸せを絵に描いたような顔。
「あたしが横にいることなんて忘れてるみたい。失礼しちゃう。」
さして残念そうでもなく、むしろ微笑ましい眼差しでたつきは前を歩く二人を眺めた。
「一護の視野の狭さにはびっくりだね。井上さんを中心にしたら、有名モデルの顔すら目に入らないんだ。」
水色もまた呆れたように、けれどどこか嬉しそうにそう言った。
「…ホント、似た者同士の二人だよ。」
「当人達に、まるで自覚はないけどね。」
たつきと水色は顔を見合わせると、軽く肩をすくめて見せた。
「ああ、モデルさん、超可愛かったなあ~。はっ、これはもしや運命の出逢い?!」
「ああ、その可能性はこーんくらいあるかもな。」
「一護、何それ?!指、くっついてるんじゃん?!」
未だ一人で舞い上がる啓吾に、一護の冷たい一言が突き刺さる。織姫は一護の隣で困ったように笑っていた。
「…『運命の出逢い』、しちゃってる人達も確かにいるみたいだけど…ね、一護、井上さん。」
「ああ?」
「なあに?小島くん。」
水色の声に反応して、同時にくるりと振り返る二人に、たつきは思わず吹き出したのだった。
(2012.9.25)