短い話のお部屋






「お父さん、お母さん、ごめんなさい…。」

泣きたい気持ちを必死に堪えながら謝る僕の頭を、お父さんは眉間に皺を寄せながらもぽんぽんと軽く叩く。

「…気にするな、一勇。」
「大丈夫よ、今すぐお母さんが治すから。」

お父さんの死神代行のお手伝いに、って一緒に虚退治に出かけて。
でも、思ってたよりも虚の数が多くて、強くて。

お父さんは、僕を庇って怪我をした。
…僕の、せいで。

僕は、お母さんの双天帰盾に包まれる苦しそうなお父さんを見ているのが辛くて、思わずその場を離れていた。





《続々々々々々々々々々・2月22日》





「…一勇どこ?お父さん、もう治ったから大丈夫だよ。」

お母さんが、僕を探してる。

でも僕は、自分の部屋のベッドにもぐり、頭から布団をぎゅっと被って答えなかった。

初めてだ。
お父さんにあんな大きな怪我をさせて…僕は、落ち込んだ。
だって、すごく痛かったと思う。

僕がいなければ、お父さんはあんな怪我をしなくて済んだのに。

僕…。

「一勇、ここでしょう?」

部屋のドアが開く音がして、お母さんの霊圧が近づいてくる。
そして、僕の布団がそっと捲られて…。

「にゃあ…。」
「え?か、一勇?」
「にゃあ?…にゃあ!」

なぜだか僕は、猫になっていた。







「か、一勇?何で猫に…。」
「はっ!織姫、そうだ!毎年恒例、今日は2月22日だ…!」

お母さんの優しい手が、僕の頭をそっと撫でる。
僕は、泣きそうになって…それを「うっ」てこらえる。

僕が泣くのは、おかしいよ。
だって、痛かったのはお父さんだから。

「ったく、浦原さんめ、こんな時にまで…!」
「でも、今日は浦原さんには会ってないのに、いつの間に猫になる薬を飲んでいたのかしら、一勇は…。ほら、おいで一勇。」

お母さんが、僕を抱き上げようと脇の下に手を入れる。
けれど、僕はそれを拒否して爪を布団にぐっと立てた。

「にに〜っ!」

首を振って抵抗する僕を、お父さんもお母さんも困ったような目で見下ろしてくる。

僕、嫌な子だな。
お父さんに怪我をさせて、お父さんとお母さんを困らせて、さらに猫になっちゃって…。

「ふふふ。やっぱり、猫になった一勇は可愛いねぇ。拗ねてても、布団に丸まってても可愛いなぁ。」
「織姫も相変わらずのん気だな。ほら、一勇、俺を見てくれ。もうどこも怪我をしてないだろ?俺は丈夫なのが取り柄だからな。」

今度はお父さんが、僕を抱き上げようと脇の下に手を入れる。
お父さんの手はお母さんよりずっと大きくて、お父さんの力はお母さんよりずっと強くて。

「にににに〜〜〜っ!」

僕が頑張って布団に立てた爪も、一つずつ外れていって………あ、最後の一本が取れちゃう!

ガリッ!

「にゃっ!」

思わず鳴き声が出た。
僕が振り払った手の爪が、お父さんの手に当たってしまったんだ。
「ガリッ」て音が、僕の猫耳に確かに届いた。

どうしよう!
僕、またお父さんに怪我を…。

「…引っ掻いてもいいぞ、一勇。」
「みゅ?」

お父さんは震える僕を抱き上げると、正面から真っすぐに僕を見た。
優しい、優しい笑顔のお父さん。

「俺は、一勇が生まれた時に決めたんだ。一勇と織姫に、俺が味わった悲しみや痛みを絶対に味わわせない、って。一勇と織姫は、絶対に守り抜く、って。俺が怪我をするのはいい。そりゃ、ちょっとは痛いけど…俺にとっては、一勇が怪我をする方がずっと痛くて辛いんだ。」
「…にゃあ?」
「何でって?そりゃ…お父さんだからな。」

ボン!

「わ、一勇が戻った!」
「ううう…お父さん、ごめんねぇ〜!」

気がつけば僕は人間の姿に戻っていて、お父さんにかかえられたまま、ぼろぼろ泣いていた。

「ははは、もう気にするなって、一勇。まぁ、泣きたきゃなけばいいけどさ。」
「解るわ、一勇。あたしも昔は一護くんに怪我をしてほしくないって思ってた。それから、一護くんが望むように生きてほしい、その代わり一護くんの怪我は全部あたしが治すから…って思えるようになるまで、随分とかかったもの。ほら、おいで一勇。思いっきり泣いていいんだよ。一勇は子どもなんだから。」
「うわぁぁ〜ん!」

お母さんに抱きしめられて、僕はいっぱい泣いた。

多分、これまでにも僕は無茶をいっぱいしていて…でも、お父さんとお母さんが僕に分からないように、いっぱいフォローしてくれてたんだ。

「俺がガキだった頃は、今の一勇よりずっと泣き虫だったからな。一勇は十分強いよ。」
「一勇が無事で良かった。お母さんも、それだけよ。」
「うう…ありがとう、お父さん、お母さん…。」

僕、お父さんとお母さんの子どもでよかった。





「それにしても…どうして今年も一勇は猫になったのかしら。一勇、浦原さんのところへ行ったりした?」
「ううん。でも、少し前に夜一さんと遊んだとき、猫になる方法を教えてもらったんだ。その時は、全然うまくできなかったんだけど。」
「まさか…自力で猫になる方法をマスターしちまったのか?」
「わかんない。でも、死覇装を出すのとちょっと似てるかもね!」
「似てねぇよ!」
「お母さん、僕がまた猫になったら、いっぱい抱っこしてね!」
「勿論よ、一勇!猫じゃなくてもいっぱい抱っこしちゃうよ!」




(2024.03.31)







《オマケ》


「えいっ!…うーん、やっぱりだめかぁ。」

結局、あれから僕は、もう二度と猫になることはできなかった。

時々、試してみるんだよ。

「えいっ!」とか、「やぁっ!」とか、「にゃあっ!」とか…。
でも、夜一さんみたいに、上手くはできなくて。
あの日は確か2月22日…つまり「猫の日」だった訳だし、やっぱり僕、いつの間にか浦原さんの怪しい薬を飲んでいたのかなぁ。

「あの、ベッドの中で猫になっちゃったとき、一勇はどんな気持ちだったの?」

お母さんにそう聞かれて、僕は一生懸命思い出した。

「えっとね…。うん、あのときは…僕、泣きたくなかった。」
「泣きたくなかったの?どうして?」
「だって、怪我をして痛いのはお父さんなのに…僕が泣くのは変だと思ったんだ。僕、どこも痛くなかったのに。」

そこまで言葉にして…僕は、「そっか!」と納得した。

「そっか!僕…泣きたくなかったから、猫になったんだ。猫になったら涙もぼろぼろでないし、『うわーん』って泣かずにすむから。」
「そんな理由で猫になれる子供は、世界中で一勇だけだろうな。」

呆れたみたいに笑うお父さんの隣で、お母さんは優しい目で頷いた。

「そっか。一勇がそう言うなら、そうなのかもしれないね。でも…一勇はいつだって、泣きたいときには泣いていいんだよ。だって、一勇は子供なんだから。お父さんが怪我をしたとき、一勇の心は怪我をしたときと同じぐらい痛かったはずよ。だから、泣いて当たり前なの。」

お母さんが僕の頭をふわふわと撫でてくれる。

お父さんは、昔から死神代行をやっていて、怪我なんて慣れっこだっていってた。

もしかしたら、お母さんもお父さんが怪我をしたとき、いっぱい泣いたのかもしれないね。

「一勇が怪我をしたら、お母さんだって泣いちゃうよ。だから、お父さんの虚退治についていくのは構わないけれど…気をつけてね、一勇。」
「うん、わかった。」

大好きなお母さんを、守りたい。
大好きなお父さんと、一緒に戦いたい。

だから、僕は猫になるんじゃなくて、もっと強くなるんだ。

「僕、もう猫になんてならないよ!えいっ!」


ぽんっ!


「にゃっ?!」
「えっ?!か、一勇!猫になっちゃった!」
「…この仕組み、マジでわかんねえ…。」



(2024.04.29)
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