短い話のお部屋





1月1日、元日の夕方。
オレンジ色の光が鳥居を照らす空座町の神社はなんだか神々しくて、あたしの願い事を叶えてくれそうな気がした。





《あたしの願い事》





参拝客もまばらな神社の境内。
今日はもう店じまいなのだろう、巫女さん姿の女性がテント下に広げていた御守りや熊手の片付けに取り掛っでいる。

「あ、待ってください!御守りがほしいです!」

あたしは慌てて巫女さんのところに走り、「合格祈願」の御守りを購入。

「えっと…黒崎くんの分と、たつきちゃんの分と、石田くんの分と…。」

あたしの大切な人達みんなに、思い描いた春を迎えてほしくて。
あたしはもうすぐ試験を受けるみんなの為の御守りを買い込む。

この巫女さん達も、あたしと同じように元日からお仕事だったんだもんね、お疲れ様でした…と今日1日頑張った同志に労いの気持ちを込めて頭を下げ、紙袋に入った御守りを受け取った。

ABCookiesはお年賀用のお菓子を販売するため、元日から営業。
あたしはその日のバイトに喜んで立候補した。
だって、あたしは他のパートさん達のように年越しを一緒に迎える家族はいない。
それに、あたしにはあたしが一人で元日を過ごすことを心配してくれる優しい友達がいっぱいいるから。

元日にバイトという用事が入っている方が、友達に気を遣わせなくて済むのだ。

みんなが家族水入らずで過ごせるお正月…あたしがお邪魔するのは申し訳ないもの。

「…神様、どうか…。」

もう参拝客はほとんどいないから、並ばなくてもすぐに参拝できた。

あたしは1人神前に立つ。
お賽銭を入れる音と鈴を鳴らす音、パンパンと手を打つ音が、夕陽に染まる境内に順番に響いて。
周りが静かな今の方が、神様にちゃんと願いが届きそうな気がして、夕方の初詣も悪くないな、なんて思いながら目を閉じる。

「神様、お願いします。どうか黒崎くんが無事志望校に合格しますように。たつきちゃんが無事志望校に合格しますように。石田くんが無事志望校に合格しますように。鈴ちゃんが無事、志望校に…。」
「オマエ、それいちいち全員分頼むのか?」
「ほ、ほえぇっ?」

20センチ上から突然降ってきた声。
びっくりして隣を見上げれば、そこにいたのは黒崎くん。

「てか、願い事だだ漏れだぞ。」
「く、黒崎くん?いつの間に隣に…!」
「オマエの店に行ったら、さっきバイト上がったって言うからさ。霊圧辿ってみた。オマエこそ、俺が隣にいるのに全然気づかずにずっとお参りしててさ。それだけ真剣だったんだろうけど…。」

黒崎くんは苦笑気味にそう言って、あたしの頭をぽんと叩いた。

「正月の願い事ぐらい、自分の事を頼めばいいのに。お人好しすぎるだろ。あとで自分の願い事、ちゃんとしろよ。」
「だって、あたしはもう就職先決まってるもん。きっと神様が、あのお店にあたしを導いてくれたんだよ。だから今度は、黒崎くんやたつきちゃんや石田くんを合格に導いてほしいの。」
「んなこと、祈るなら自分で祈るよ。それに、どんだけ神様に祈ったって、結局は俺の努力次第なんだからさ。井上があの店にスカウトされたのだって、神様のおかげじゃない。店長さんが井上の日頃の働き方を評価してくれたからだろ。…で、だな。…ここからが本題。井上、今からウチに来ないか?夕飯、まだだろ?」
「え?」

目をぱちぱちさせて固まるあたしの瞳に、照れくさそうな黒崎くんの横顔が映る。

突然の…しかも元日の、黒崎くんからのお夕飯へのお誘いだってことを、ようやく理解する。

あたしを気遣ってくれた黒崎くんの優しさがすごく嬉しくて、胸がきゅうってして…でも今日は1月1日、さすがに申し訳ない気もちの方がそれを上回った。

「そんな、元日の夜からお邪魔するなんて申し訳ないよ!1月1日ぐらい、家族水入らずで過ごすでしょう?」
「ウチはいわゆる『両親の実家』ってヤツがないからさ。親戚が来るわけでもないし、初詣して親父からお年玉もらったら、あとは何のイベントもないんだよな。おせちも余ってるし、井上が来てくれたら家族が喜ぶイベントになる。」
「黒崎くん…でも…。」
「家族水入らずで過ごしたいと思うかどうかは、その家族次第だろ?ウチは、井上と過ごす正月がいいんだ…って、その、遊子や夏梨が…。」

心なしか、夕陽に照らされた黒崎くんの顔が少し赤い気がする。

「ほら、寒いしもう行くぞ。ついてこなかったら、この間また学校の2階から雨どいつたって飛び降りたって、たつきにチクるからな。」
「え?そ、それは困ります!怒られちゃう!待って〜!」

黒崎くんが踵を返して歩き出しだから、あたしも慌てて神様に一礼して後を追った。



ねぇ黒崎くん、あたしの願い事は、あたしの大切な人達みんなに幸せな春が訪れることだけど。

もう1つだけ、欲張ってもいいかな。

高校を卒業したあとも、こうして貴方の背中を見つめていたい…って願い事…。



(2023.01.06)
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