短い話のお部屋






「…一勇、寝ちまった。」

大晦日の夜、何となく流していた紅白歌合戦をBGMに、俺の膝の上で眠ってしまった我が息子。

嫁さんが「いつもぐずらず、あっさり寝てくれるから、本当に助かるよね」と感心したように告げる声がキッチンから届く。

年は、あと1時間で変わろうとしていた。





《12月31日》




「年越しそば、できましたよ〜!」
「お、サンキュー。」

嫁さんが持ってきたお盆から立ちのぼる、2つの湯気。
こたつの上に置かれたそれからはふわりと出汁の香りが漂ってきて、夕食を数時間前に済ませたというのに腹の虫が小さな声を上げる。

ぐうぅ〜。

「きゃっ!」
「ははは、織姫の腹の虫の方が元気いっぱいだな!さ、早く食おうぜ。」
「かずくん、もらおうか?」
「いや、まだ寝が浅いだろうから、もう少し俺の膝で寝かせるよ。」




「「いただきます」」



2人一緒に、手を合わせる。

「美味しい〜!あたし、一護くんと結婚するまで、年越しそばって食べたことなかったんだぁ。」
「そっか。俺の家は、親父もお袋もその辺りの行事は欠かさない人だったからさ。今頃、実家も年越しそば食べてると思うぜ。」
「なんか、年越しそばを食べるのって、特別な感じがして、より美味しく思えちゃうんだよね〜!」

そんなごくごく普通の会話をしながら、そばを啜る。
時計の針は、年越しに向けて規則的に時を刻んでいる。

「今年も、あと少しで終わるねぇ。」
「ああ。あっという間の1年だっな。特に、一勇が生まれてからは…。」
「うん。本当だね。」

テレビの横、昊さんの写真の隣に置かれた置き時計は、結婚する際に俺の部屋から持ってきたもの。
俺が中学生だった頃からずっと使い続けている年季ものだ。

「何か、不思議だな。」
「え?」
「こうやって、織姫と一勇がいて、当たり前みたいに一緒に年越しそば食ってさ…。」

あの時計の針が刻む「12月31日の夜」を、俺は何度も見てきた。

死神代行になったばかりの頃は、大晦日だというのに容赦なく現れた虚退治に明け暮れて、部屋にもどったら日付けが変わる直前で愕然とした。

高3の時には、受験勉強をしながら、この時計と赤本とを代わる代わるにらめっこしながら年越しを迎えた。

大学の時には、初めて織姫を夜の初詣に誘って、やたらそわそわしながらこの時計の針が進むのを見守った。

去年は、初めて夫婦として迎える年越しに、空気の読めない死神達がわらわらと遊びに来て、時計の針が新年を知らせる頃には半分ぐらいの人数が酔い潰れて床に転がっていた。

どの年の「12月31日」も、まるで昨日のことのように思い出せるのに、一方で随分昔のことのようにも思えて。

今年はついに家族が1人増えての年越し…なんて、死神代行としてがむしゃらに斬魄刀を振り回していた頃の俺が知ったら、目を点にして驚くだろう。

「…不思議じゃないよ。」
「ん?」
「一護くんが頑張ったから…みんなが力を合わせて戦って、この世界を護ったから。だから、今年があったし、来年が来る。全然不思議じゃない。」
「織姫…。」
「あたし、一護くんと一勇とこうして年越しが迎えられて、本当に幸せだよ。ありがとう、一護くん。」

そう言って、ふわりと笑う嫁さんの笑顔は、出会った頃よりずっと自然で綺麗になった。

高校時代の織姫の笑顔は、明るくて無邪気で…でも時々、その裏に寂しさや哀しみを隠しているような気がしていたから。

嫁さんが俺の眉間の皺を消してくれたように、俺が彼女の笑顔を自然なものにできていたならいい。

「今年も1年、ありがとな、織姫。」
「こちらこそ、1年ありがとうございました!」

気がつけば、そばの入っていた器は空っぽ。
俺は、嫁さんと2人手を合わせて「ごちそうさま」を告げると、膝の上の一勇を起こさないように、そっと嫁さんの肩を抱き寄せた。

「来年も、いい年にしような。」
「はい!かずくんの成長も楽しみだね!」
「ああ、そうだな。」

年が変わるまで、あと30分。
来年の今頃も、こうしていられますように…と願いをかける。

時計の針は、やっぱり規則的に時を刻んでいた。





皆様、今年1年ありがとうございました!
よいお年をお迎えください!(⁠◡⁠ ⁠ω⁠ ⁠◡⁠)




(2022.12.31)
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