短い話のお部屋







「ねぇ、お父さんは、どうしてお母さんと結婚したの?」
「へ?」

日曜日、俺の仕事部屋。

休日返上で締切間近の翻訳を続ける俺の休憩時間を見計らい、ひょっこりとやってきた一勇からの、突然の問いかけ。

俺の膝によじ登り、母親譲りの丸いくりくりっとした目で見上げてくる息子に、俺もまた目を丸くした。





《sixth wedding anniversary》





「何だよ、藪から棒に。」
「『やぶからぼ』?何それ、美味しいの?」
「いや…『藪から棒』ってのは、うまい棒の仲間じゃなくてだな、『急に』みたいな意味で…うーん、まぁいいや。要は何でそんな質問してきたのかってことだ。」
「だって、お父さんとお母さん、もうすぐ結婚結婚記念日でしょ?」
「よく覚えてるな。」
「だって毎年、お祝いしてるもん!」

一勇が、無邪気で誇らしげな笑顔を見せる。
まぁ確かに、うちの結婚記念日は、昔からのダチが勝手に遊びに来たり、実家が派手に祝ってくれたり…恐らくは他の夫婦の結婚記念日の過ごし方より、かなり記憶に残る過ごし方をしているとは思うが。

「だから、どうしてお父さんはお母さんと結婚したのかな、って。」
「どうして…って言われてもなぁ。一言で表すのは難しいな。」

答えを求めるように、じっと俺を見つめてくる一勇に、俺は椅子を軋ませ少し天を仰ぐ。

そりゃ、「好きだから」って言えれば簡単なんだろうけど…「好き」にもいろんな「種類」があるしな。
単純に、息子にそれを言うのも照れくさいっつーか…。

「お母さんが可愛いから?」
「まぁ…それもある。」
「お母さんが美人だから?」
「それもある。」
「優しいから?」
「それもある。」
「おもしろいから?」
「それもある。」
「おっぱいふかふかだから?」
「それもある…って、待て待て、俺は織姫を胸で選んだ訳じゃねぇぞ。」

一勇からの立て続けの問いかけにうっかり頷いてしまった俺は、慌てて最後を訂正(いや、織姫の胸が嫌いな訳じゃないぞ、勿論)。
そして、俺の感情に近く、一勇にも解りやすい言葉を探す。

「…そうだなぁ…。強いて言うなら…『特別だから』かな。」
「とくべつ?」

俺の言葉を小首を傾げつつ繰り返す一勇に頷いて。
俺は、俺なりの言葉で一勇に説明した。

「俺は高校1年の時に死神代行になって、それから沢山の人に出会って、一緒に苦しい戦いを乗り越えてきた。勿論、死神や破面も含めて、だ。」
「うん。石田くんとか、チャドくんとか、苺花ちゃんのお父さんとお母さんとか、ネルちゃんとかグリムジョーくんでしょ?」
「ああ。そいつらは、今でも大切な仲間だ。みんな、それぞれの場所で頑張っているんだろうなって思うし、普段は別々の世界で生きているけれど、何かあれば直ぐに駆けつけてやるって思ってる。それが、あいつらと俺の絆だと思うんだ。」
「うん。」
「けど…織姫だけは、ずっと側にいて俺自身の手で護りたいって、そう思ったんだ。別々の世界で生きていくんじゃなく、一緒の世界で生きていきたい…って。」

チャドや石田…高校のダチとは、今でもたまに連絡を取り合っていて…それで十分だ。
ルキアや恋次達も、尸魂界で元気にしていてくれればそれでいいと思う。

けれど…織姫だけは、違う。
俺にとって、彼女だけはこの手で護りたくて…手を伸ばせばいつでも触れられる場所にいてほしかった。
あの笑顔を、いつだって俺だけに向けてほしい…己の中にあるそんな感情に気づいたのは、大学生になった頃だったと思うけど…それは今でもずっと変わらない願いなんだ。

「それが、お父さんの『とくべつ』?」
「ああ。それに、織姫…お母さんは、俺に沢山のモノをくれたからな。例えば一勇、オマエもとびっきりの『特別』だ!」
「きゃははは~!」

俺に似たオレンジ色の小さな頭をぐしゃぐしゃと撫でてやれば、肩をすくめながらも大きな声で一勇が笑う。

「教えてくれてありがとう、お父さん!お仕事頑張ってね!」
「おう。」

そして、俺の答えに満足したらしい一勇は、膝からぴょんと飛び下り、とてとてと小さな足音を弾ませて部屋を出ていった。

「お母さんお母さん!僕もお母さんも、お父さんの『特別』だって!だから結婚したんだって!」

さて、一勇からのエールももらったことだし、そろそろ仕事再開だ。
再びパソコンに向かう俺の耳に聞こえるのは、リビングではしゃぐ一勇の声。
俺は小さく笑いながら、キーボードをパチンと叩く。

「ふふふ、お父さんとかずくんは、お母さんにとっても『特別』よ。でも、突然なぁに?」
「あのね、それでね、お父さんはお母さんのふかふかおっぱいが大好きだって!」

ゴン…。
俺の頭がノートパソコンの画面にめり込みそうな勢いでぶつかる。

「うぉぉい!一勇ちょっと待てぇぇ!」

俺との会話から、いちばん言わなくてもいい部分だけを切り取って伝える一勇に、俺は慌てて仕事部屋を飛び出した。


(2022.08.20)












「ねぇねぇ、今年の結婚記念日はどうするの?」
「へ?」

月曜日、お父さんの仕事部屋。

昨日も1日お仕事していたのに、今日もお仕事をがんばるお父さんに、「冷たいコーヒーをどうぞ」しながら僕が聞いたら、お父さんはびっくりしたみたいな顔をした。





《sixth wedding anniversary~side11~》





「どこかにお出かけする?お食事とか?」
「お出かけ…かぁ。確かに、夏休みだしな。」

コーヒーを飲んだお父さんは、「うーん」と大きく伸びをした。

「お父さん、お母さんとどんなところに行ったことあるの?」
「どんなところに?…そうだなぁ。夏で言うなら…海とか?」

お父さんは仕事机の隅、山みたいに積まれた沢山の本の上に置いてあったスマホを手に取ると、何度かその画面を人差し指でなぞって。

「ほら、この写真だ。」
「わぁ、お母さん可愛い!」

そこには、砂浜に座り、黄緑色の水着で幸せそうに笑うお母さん。
まるでモデルさんみたいだ。

「こっちは、プールに行ったときだな。」
「プール!いいなぁ。」
「あとは…あ、この写真は夏祭りだな。お母さんと花火を見たり、屋台を回ったり…。」
「へぇえ。」
「ははは、この写真はみんなでバーベキューをした時だな!織姫、『外で食べると美味しいね!』とか言って、めちゃめちゃ食べたんだよなぁ。いつも何でも『美味しい美味しい』って食べる癖にな。あ、あとこの写真は、水族館へ行った時の…。」

浴衣だったり、ワンピースだったり、バーベキューの串を両手に持って、ほっぺたをハムスターみたいに膨らませていたり。

いつの「お母さん」かは分からないけれど、写真の中のお母さんは、どれもとてもとても嬉しそうに笑っている。

そして、僕の隣でお母さんの写真を見るお父さんも。
…優しい優しい目で、とてもとても嬉しそうに笑っている。

そんなお父さんを見ていたら、僕もすごくすごく嬉しくなった。

「教えてくれてありがとう、お父さん!お仕事頑張ってね!」
「おう。俺もいい休憩になった。コーヒー美味しかったよ、ありがとな。」
「うん!」

またスマホを本の山のてっぺんにポンと置き、パソコンと向き合い始めたお父さん。
僕は部屋を出る前に、お父さんのスマホにそっと手を伸ばした。







「はい、お母さん。これあげる。」
「え?かずくん、どうしたの?それ、お父さんのスマホだよ。」
「僕、これお母さんのスマホと思う。」
「どうして?」
「だって、そのスマホの中、お母さんの写真ばっかりいっぱい入ってるんだもん。それ、お父さんのスマホじゃないよ。お父さんの写真、全然ないもん。」
「ぷっ!」

お母さんは、僕が差し出したお父さんのスマホを受け取りながら、何故か吹き出して。
エプロンのポケットから自分のケータイを取り出した。

「じゃあ、お母さんのケータイは、かずくんのケータイってことになるのかな。かずくんの写真ばっかりいっぱい入ってるから。」
「そうなの?」

そう言って、お母さんが見せてくれたケータイの画面には、いろんな大きさの僕、僕、僕。
泣いたり、笑ったり、眠ったり、怒ったりしている、沢山の僕がいる。

あとたまにお父さん。
髪の毛がちょっと長めだったり、短めだったり。

「一護くん、昔からあんまり写真を撮らせてくれないのよね。時々、こうやってこっそり撮ったりしてるけどね。」

内緒だよ、ってお母さんが口元に指を当てて笑う。
そっか、お母さんだって本当はお父さんをいっぱい写真に撮りたいんだ。

僕、いいこと思いついた!

「じゃあお母さん、今年の結婚記念日は、海に行ってバーベキューして花火しよう!僕が、幸せなお父さんとお母さんをいっぱい写真に撮ってあげる!」
「ふふふ、ありがとう。カメラマンかずくんだね!じゃあ、お母さんはかずくんをいっぱい撮るね。」
「ばえーなの、撮ろうね!」
「うん、撮ろう!」

僕はお母さんと、指切りをした。







「おかしいな、俺、スマホどこにやったっけなぁ…確か、この辺りに置いたはずなんだけど…。」



(2022.08.25)
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