短い話のお部屋






《七夕ゼリーをあなたに》





「本日までの限定品、七夕ゼリーはいかがですか?なくなり次第、終了なんですよ。」
「あら、可愛い。限定って言われちゃうと、弱いのよねぇ。いただこうかしら。」

あたしがショーケースを覗くお客様にカラフルなゼリーを勧めれば、お客様は笑顔でそう答えてくれた。

今日は7月7日。

「ABCookies」の店長が考案した七夕ゼリーは、夜空をイメージした鮮やかなブルーのゼリーの上に、ミルククリームで天の川を描き、それを挟んで星形のゼリーを2つ飾ったもの。

まるでお洒落なカクテルのような綺麗なグラデーションのゼリーが涼やかで、ちょこんと乗った2つの星形ゼリーが可愛くて。
勿論、食べればとっても美味しくて、あたしもイチオシの商品なのです。

「商品、こちらになります!ありがとうございました!」

お会計を済ませたお客様に、あたしが笑顔でゼリーの入った箱を差し出せば、お客様はあたしのネームプレートを興味深そうに見つめた。

「あら、あなた織姫さんっていう名前なの?」
「はい、そうなんです!でも、今日が誕生日って訳じゃないんですけど。」

あたしが悪戯っぽくそう言えば、お客様がクスクスと笑う。

「そうなのね。でも、素敵な名前だと思うわ。」
「ありがとうございます。」
「織姫さんに七夕ゼリーを売ってもらって、何だか幸せな気分。私の願い事も叶いそうね。」
「そうなるように、応援させていただきますね!」
「ありがとう。願い事が叶ったかどうか、また報告に来るわね。」
「お待ちしております!」

お客様をドアの向こうまで見送ったあたしは、何だかほっこりした気持ちで店の中に戻った。

ショーケースを覗けば、あんなに沢山作ったのに、中に残っている七夕ゼリーはあと1つだけ。

もし、このゼリーが売れ残ったら、あたしが買ってかえろう。

そしたら、食べる前に、天の川を挟んで離れ離れになっている彦星と織姫星を、そっとくっつけてあげたいな。

だって七夕は、二人が1年にたった一度、会える日だもん。
このまま離れてちゃ、かわいそうだよね…。



カランカラン…。




「ちーす…。」
「いらっしゃいませ…あ、黒崎くん!」

七夕ゼリーを見つめていたあたしの耳が、お客様の来店を知らせる鈴の音をとらえる。
振り返れば、そこにいたのは黒崎くんだった。

「大学の帰り?」
「ああ。」
「お疲れ様!」

ああ、七夕の日に、黒崎くんがお店に来てくれた。
それだけで、あたしはもう幸せいっぱいで…でも、今のあたしは店員で、黒崎くんはお客様だから。
あたしは急いでレジに戻ると、「ご注文をどうぞ!」と笑顔で告げた。

「注文つーか…。」
「ほえ?」
「いや、ちょっとバイト前にここで休憩してこうかと思って…。」
「そっかぁ。黒崎くん、今日もバイトなんだね!」

七夕なのに、頑張るなぁ…と思いながら黒崎くんを見上げていたら、店の奥から、ひょこっと顔を出したのは、店長だった。

「良かったら、織姫ちゃんも休憩30分とって!彼とカフェコーナーでお茶でもしたらどう?」
「店長!い、いいんですか?」

店長に直接紹介したことはないけれど、黒崎くんはあたしがまだ高校生でバイトだった頃からの常連さんで。
あたしと黒崎くんが友達だってことも知ってくれていて、いつも色々気を遣ってくれていて。

「それは俺も助かるな。男一人でケーキ屋に居座るのは、正直ちょっと居心地が悪い。」
「えっと…じゃあ…。」

ああ、空の織姫様と彦星様、あたしの願い事を叶えてくれてありがとうございます。
あたし、七夕の日に黒崎くんとお話できたらいいなって思ってたから…。

「じゃあ、良かったら七夕ゼリーはどうですか?」
「七夕ゼリー?」
「そう!あと1つで完売なの!今日までの限定商品!」

あたしが全力でお勧めすれば、黒崎くんはショーケースの中のゼリーをまじまじと見つめて。

「そりゃ、見逃せねぇな。じゃあ、それとアイスコーヒーを頼むよ。」
「合点承知!」

会計を済ませ、先にイートインコーナーで座って待つ黒崎くんの元へ。

あたしは胸を弾ませ、商品を乗せたトレーを手に小走りで駆けていった。







「七夕ゼリーか。季節感があっていいな。」
「でしょう?見た目も可愛いし、味も爽やかな甘さで美味しいんだよ。」
「井上も食べたのか?」
「うん、試作の時に。まだベースのゼリーだけだったけどね。」

誰もいないイートインスペースで、黒崎くんと向き合って座る。

正面から見る黒崎くんは前より肩幅が少し広くなった気がして、会うたびに大人っぽくなっていて。
あたしだけが、ドキドキしてしまう。

そう言えば、黒崎くん、もうすぐ20歳だもんね。

大学でもきっと、モテるんだろうなぁ…なんて。

「どうした?井上。」
「え?う、ううん、何でもない!」

あたしは慌てて首を振り、話題をゼリーに戻そうと黒崎くんの前に置かれた七夕ゼリーを指差した。

「それね、水色の方が織姫星で、オレンジ色の方が彦星なんだって。店長さんが言ってたの。」
「ふーん…。」

黒崎くんのその声音に、ああ、ゼリーの裏話なんてあんまり興味なかったかな…と、少し不安になるあたし。

でも、静かにスプーンを手にした黒崎くんは、すぐにゼリーを掬うことはせず、スプーンの端を使って。

「…あ。」
「…何だ?」

オレンジ色の星を、そっと水色の星にくっつけた黒崎くん。
思わず小さな声をあげてしまったあたしを、彼は不思議そうな顔で見上げる。

「う…ううん、何でもない。」

またあたしは慌ててしまって、でも…同時に唇から思わずこぼれだしてしまう幸せな笑み。

「…ふふふ。」
「だから何だよ?」
「何でもないです~。」

ふふふ。

優しいね、黒崎くん。

でも、あたしが「優しいね」って言ったら、「フツーだろ。」って言うんでしょう?

そんなところも、優しいね。

「…ヘンなヤツ。」
「ふふふ。七夕ですから。」
「何だよそれ。」

どうか今夜は、あたしと同じ名前の織姫星が、大好きな彦星と寄り添っていられますように。

ゼリーの海でぴったりとくっついているオレンジ色の星と水色の星を見つめながら、あたしはそんなことを考えていた。







「…店長、織姫ちゃん幸せそうですね。」
「良かったねぇ。でも、織姫ちゃんは気づいたのかな。私が彦星をオレンジ色、織姫星を水色のゼリーにした理由…。」
「多分、あの感じだと気づいてないんじゃないですかね?」
「だよね…。せめて、彼の方が気づいてくれてるといいんだけどなぁ。」







「あのさ、井上。」
「うん、なぁに?」
「このゼリー、さ。」
「うん。」
「…えーと、その………美味いな。」
「本当に?良かったぁ!」



(いつか、俺と君も、こんな風に寄り添えたなら…なんて、今はまだ言えない)





(2020.07.4)
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