短い話のお部屋








「おはよう、パパ!」
「う…ん…。」

ベッドの上、ゆさゆさと揺らされる俺の身体。

せっかく心地よく眠っていたのに、強制的に覚醒させられた俺は、まだ開けたくない目を渋々開く。

「パパ、起きて!お誕生日、おめでとう!」

そこには、俺譲りの髪と嫁さん似の瞳を朝日のように輝かせ、俺を見つめる一勇。

俺の誕生日を朝一番で祝ってくれる息子を愛しく思う気持ちと、強烈な眠気が俺の中で戦う。

何しろ〆切間近の翻訳文書があって、昨夜ベッドに入ったのは日付がとっくに変わったあとだったのだ。

「お…おう…ありがとな、一勇。けど、パパ夕べ遅くまで仕事してたんだ…。もう少し、寝かせてほし…ぐほぉっ!」
「ねぇパパ、今、誕生日プレゼント作ってるんだよ!パパ、僕にしてほしいことある?教えて!」

寝ている俺の腹に勢いよく飛び乗り、きらきらとした笑顔で俺を見下ろす一勇。
俺はその問いかけに、息も絶え絶え答えた。

「…と、とりあえず、パパの腹からどいてほしいぞ…。」







《HAPPY BIRTHDAY ticket》







「おはよう一護くん!お誕生日おめでとう!」

一勇からのジャンピングボディーアタックを受け、仕方なく起きることにした俺がリビングに行けば、朝食を準備中だった嫁さんが振り返り、朝の挨拶と誕生日を祝う言葉を早速くれた。

「ありがとな、織姫。けど、今日はせっかくの休みだし、もう少し寝ていたかったな…。」
「ごめんね、一護くん。あたしもそう言ったんだけど、一勇が聞かなくて。」

織姫が申し訳なさそうに眉尻を下げる。

リビングのローテーブルでは、俺を起こした後寝室を飛び出して行った一勇が、朝飯前から何かを一生懸命に書いていた。

「…一勇、朝から何してるんだ?」
「えへへ、パパへのプレゼント作ってるの!」

満面の笑みで、一勇が俺を見上げる。

その手元、テーブルの上には、ひらがな50音表と長方形の紙切れがたくさん広げられていて。
そのうちの1枚を手に取れば、たどたどしい文字。

『かたたきけん』

その文字に目を走らせると同時に、思わず口元が緩み、ほっこりと胸の辺りが和むのを自覚する。

「…一勇、『た』が1つ足りねぇぞ。」
「え?」
「…いや、なんでもねぇ。」

ほかの紙切れにも、『しんぶんもてくるけん』『おしごとちうしずかにするけん』『ぱぱのせなかながすけん』『ほろたいじおてつだいけん』などなど…。

そこには、一勇が頑張って考えたのであろう「俺を喜ばせること」が、不器用なひらがなで綴られていた。

「それで、さっき俺に『してほしいこと』を聞きに来たのか。」
「うん!だって、誕生日プレゼントだから!」

納得する俺に、一勇が大きく頷く。

織姫はダイニングテーブルに朝食を並べながら、クスクスと笑った。

「懐かしいよね、『肩たたき券』。あたしも小さい頃、お兄ちゃんに作ったなぁ。お兄ちゃんは『勿体ない』って、なかなか使ってくれなかったけど…。」
「昊さん、本当に優しかったんだな。」
「ふふ、どうかな。あたしが家事に手を出すと、かえって大変なことになるからだったかもしれないし、ね。」
「ねぇパパ、僕にしてほしいこと、ある?まだチケット、残ってるんだ!」

数枚残っている白紙のチケットを手に、俺を見上げる一勇。
俺は、顎に手をあてて天を仰いだ。

「うーん…そうだなぁ。」

急にそんなこと言われても、以外と思い付かないもので。
けれど、じっと俺を見つめて、一勇が俺の返事を待っている。

その視線すら愛しく感じた俺は、ふうっと一息つくと、一勇の隣にすっと腰を下ろした。

「一勇、パパが欲しい券、今から言うからな。」
「うん!」
「一勇が早寝早起きする券。」
「…?パパに何かしてあげるんじゃなくて?」
「ああ。あとは、一勇がしっかり歯みがきする券。一勇が外で元気いっぱい遊ぶ券。ママの言うことを聞く券。あと、野菜をいっぱい食べる券。」
「う…それはちょっと…。ピーマンとトマトだけは無理…。」
「ははは。」

嫁さんと同じように眉尻を下げる一勇のオレンジ頭を、ポスポスと撫でてやる。

確かに、一人息子が、肩たたきや、風呂で背中を流してくれたりしたら、ものすごく嬉しい。

…けど、本当の俺の望みは。

一勇がいっぱい食べて、いっぱい寝て、いっぱい遊んで…のびのび、健康に育ってくれること。

それが、俺にとって何よりの幸福で、俺の力になるから…。

「…わかった。じゃあ、今からチケット作るね。」
「ふふっ、一勇、もう朝ごはんなんだけど?」

朝食を並べ終わった嫁さんが、笑いながら手招きをする。
けれど、再びチケットを作り始めた一勇は、テーブルの前から動こうとしない。
こういう頑固なところは、本当に嫁さん似だ。

「一護くん、一勇、何を飲む?」
「僕、ミルクがいい。」
「俺がコーヒー淹れるよ。織姫もカフェオレでいいか?」
「うん!ありがとう、一護くん。」

ミルクを要望しながらも、鉛筆の先から目を離さない一勇の傍をそっと離れ、俺はキッチンの奥に行くと、コーヒーメーカーにフィルターをセットして。
コーヒーが落ちるのを待つ間、一勇のミルクをコップに注いだ嫁さんの肩を抱き寄せた。

「ふふっ、一護くん、今日の夕食は焼肉にしよっか。勿論、ABCookiesのケーキも予約済みですぞ!」
「ありがとな、織姫。」

抱き寄せられ、くすぐったそうに笑う嫁さんの耳元で、俺は一勇に聞こえないように囁く。

「一勇からもらうチケット…『一勇が早寝早起きする券』、早速今夜使おうかな。」
「え?」
「だから、夜はとびきりのデザートを頼むぜ?」
「…っ!」
「それとも、夜の予約もチケット制だったか?」
「も、もうっ!一護くんのえっち!」

俺の腕からするりと逃げ出し、真っ赤な顔でぽくり、と俺の胸板を叩く嫁さん。
まぁ、全然痛くもねぇし、こういう反応がいつまで経っても初々しいのが可愛くて仕方ねぇから、ついからかっちまうんだけど。

「さ、さぁ一勇。朝ごはんにしましょう!」

真っ赤な顔をぺちぺちと叩き、織姫が何事もなかったように一勇に声をかける。

「はぁい!」

チケットを作り終わったのか、一勇はようやく腰を上げて、とてとてとダイニングテーブルへ走ってきた。
そして、くつくつと笑いながら淹れたてコーヒーを2つテーブルに置いた俺に、一勇がすっと小さな手を差し出す。

「…何だ、一勇。」
「僕から最初のチケットだよ、パパ!誕生日おめでとう!」
「そっか。ありがとう。」

にっこりと笑ってそう言う一勇から、俺は誕生日プレゼントのチケットを受けとる。

そのチケットには、ところどころに鏡文字が混じった文字で、

「ぱぱにちょとだけままをゆずてあげるけん」

と書かれていた。





(2019.07.15)
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