短い話のお部屋











《4月29日の幸福》






「かずくーん!こっち向いて!お写真撮らせて~!」
「あーい!…はい、ちーじゅ。」

まん丸い両頬に人差し指をあてて、遊子のカメラに向かってポーズをとる一勇。

「あはは、可愛い~!」
「おお、さすが俺の孫!何て可愛らしいポーズなんだ!」

眉尻を下げてデジカメの画像を確認する遊子とデレッデレの親父の隣で、今度は嫁さんがビデオカメラを構える。

「かずくーん!今度はこっちだよー!」
「ママ!…はい、ちーじゅ!」
「あはは、これはビデオカメラだから、『はいチーズ』はしなくていいんだよ、一勇。」
「う?ちーじゅ!」

今とっているのが、静止画か動画か…なんて判別は、まだ幼い一勇には難しいらしい。
柔らかな頬にまだまだ小さな人差し指をふにっと突っ込み、織姫のビデオカメラの前で、ひたすらポーズをとっている。

「一勇、どこでこんなポーズを覚えてきたんだろうね。」
「さぁな。一勇、最近はとにかくカメラを向けられたらあのポーズで『はい、チーズ』なんだよな。以前、あれやって『可愛い、可愛い!』って嫁さんが大喜びしたモンだから。」
「成る程ね。」

夏梨と俺が見つめる先、ビデオカメラを覗きながら嫁さんが一勇に話し続ける。

「かずくーん!今日はかずくんのお誕生日です!」
「あい!」
「かずくんは、何歳になりましたかー?」
「2しゃいでしゅ!」

一勇が、ぴっと小さな手でピースサイン。
これまた、最近上手にピースが出来るようになった、と嫁さんが大喜びした一勇お得意のポーズだ。

「ふふふ、上手に『2』が出せるようになったね、一勇!」
「あい、2しゃいでしゅ!」
「このあと、皆で一勇のハッピーバースデーするからね!」
「あい!2しゃいでしゅ!」

意味がわかっているのかいないのか、誇らしげに「2歳」を何度も主張する一勇に、ビデオカメラを持つ織姫がクスクスと笑う。

こんなちょっと噛み合わないやり取りも、数年後に見れば愛しい思い出になるんだろう。

「じゃあ、そろそろケーキ用意するね!」
「遊子ちゃん、あたしも手伝うよ!」
「いいよ、姫姉はビデオ撮りながらかずくんを見てて。ね、かずくん!」
「あい!2さいでしゅ!」

賑やかにキッチンへと移動する二人の妹と嫁さんと一勇。

冷蔵庫から出てきた「ABCookies」のホールケーキに、一勇がキャッキャッとはしゃぎながら手を伸ばし、そんな一勇を嫁さんがビデオカメラで撮影しながら慌てて制止する。

俺が少し離れたところでその光景を眺めていれば、いつの間にか隣にいた親父が小さく笑った。

「…何だよ、親父。」
「なぁ、一護。織姫ちゃんは一勇が生まれて、ますます真咲に似てきたな。」
「…そうか?」

別に、俺は「お袋に似てるから」って理由で織姫を嫁さんにした訳じゃない。
けれど、親父も、遊子も夏梨も、織姫はお袋に似ていると言う。

「今はともかく…高校時代の織姫は、天真爛漫で、しっかり者だけどどっか危なっかしくて…お袋のイメージとはダブらなかったけどな。」
「ははは、真咲も若い頃はそんな感じだったさ。母親になった途端、明るさと優しさの中に揺るぎない強さが滲み出るようになった。そんなところも…そっくりだ。」
「…。」

そう告げる親父は、どこか懐かしいものを見るような眼差しで嫁さんと一勇を見つめた。

「死神に比べて、人の命は短い。けれど、こうやって命を繋ぎ、繰り返しながら、人は死神にも負けない長い時間を確かに紡いでいくんだな…と。最近、お前と織姫ちゃんと一勇を見る度に、そう思うんだ。」
「親父…。」
「一護、織姫ちゃんと一勇を大事にしろよ。」
「…当たり前だろ。」

俺は胸のポケットからスマホを取り出し、ダイニングテーブルに向けて録画ボタンを押した。

画面の向こうには、ロウソクが2本立ったケーキの前に座る一勇と、そんな一勇をカメラに収める嫁さん。

「かずくーん!」
「あい、2しゃいでしゅ!」
「うんうん、ピース上手だね~!」
「はい、ちーじゅ!」
「ふふふ、ポーズも上手!」

そんな嫁さんと一勇を、こっそり動画に収める。

俺は、お袋に似ているから織姫と結婚した訳じゃない。
けれど、かつてのお袋も、目の前の嫁さんのように、俺の小さな成長に一喜一憂していたのかもしれない…そう思うと、何だか目頭が熱い。

あの嫁さんのカメラには、嫁さんが今どんなに優しい顔をしているかは映っていないから…いつか、大きくなった一勇にこの動画を見せてやろう。

あのキラキラした笑顔も、温かな眼差しも、柔らかな声も、全部全部独り占めして。

お前はこんなにも愛されて、育ってきたんだぞって…そう伝える為に…。










「ケーキ美味しかったね!ご馳走さまでした!」
「さました!」

生クリームを口の回りにたっぷりつけたまま、手をパチンと合わせる一勇。
その口を拭う織姫を眺めながらコーヒーを飲んでいれば、席を外していた親父がドカドカ足音を立てながら戻ってきた。

「わはは、見てくれみんな、懐かしい写真があるぞ!」
「お父さん、それうちのアルバム?…あ!」
「何、どうしたの遊子…わぁ!」

アルバムを覗いた遊子と夏梨が、次々に笑いだす。
つられた一勇も椅子の座面に立ち上がって、アルバムを覗いた。

「これ、かじゅくん?」
「ふふ、違うよかずくん。小さい頃のかずくんのパパだよ。」
「へ?!」

クスクスと笑いながらそう言う夏梨に、俺と嫁さんがアルバムに飛びつけば。

「わぁぁ…そっくり!可愛い!」
「…マジか…。」

そこには、ロウソクが2本立ったケーキの前で、まん丸い両頬に人差し指をあてて写真に映る、かつての俺がいた。





(2019.4.28)
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