短い話のお部屋






「まっかなおっはっなっの~♪トナカイさんは~♪」

12月24日の夜。
リビングの片隅にはLEDライトが瞬くツリー、ケーキの前には、フォーク片手にご機嫌で「赤鼻のトナカイ」を熱唱する一勇。
織姫はくすくすと笑いながらホールケーキをカットし、一勇に差し出した。

「一勇、サンタさんからのプレゼント、楽しみにしてるもんね。」
「うん!」

3日前からクローゼットに隠してあるクリスマスプレゼントは、一勇が欲しがっていた「カラクライザー」のベルト。
俺と織姫がこっそり視線を合わせて笑い合えば、一勇はケーキを口いっぱいに頬張りながら、大張り切りで告げた。

「あとね、僕ね、サンタさんにサインをもらうんだ!」







《family song・2018》







「サンタのサイン?」
「うん!」

満面の笑みで頷くと、ケーキを食べ終えた一勇は椅子からぴょいと飛び下り、どこからか入手した色紙とペンを持ってきた。

「これ!サンタさんへのケーキと一緒に置いておくんだよ!」
「…。」

こんなところまで遺伝するのか…と呆れるやら、感心するやら。
かつての自分を一勇に重ねる俺の隣、嫁さんはサンタ用のケーキを1カット分皿に取り分け、色紙と一緒にリビングのテーブルに並べた。

「これでいい?一勇。」
「うん!だからね、僕今日はずっと起きてるから!」
「サンタは、一勇が寝てから来るんだぞ?」
「寝ないよ!だって、ちゃんと『プレゼントありがとう!ケーキ食べてね!あとサインください!』って言いたいもん!」

やれやれ、今夜は長期戦かな…なんて、1つ溜め息をついた、その時。



ボローウ!ボローウ!




「…マジか。」

12月24日の夜にすら、空気を読んでくれない虚に頭を抱える。
けれど。

「パパ、僕も行く!」

俺のズボンの裾をくいくいっと引っ張る小さな手は、やけに楽しげだ。

「一勇、クリスマスなのにか?外は寒いし…風邪ひくぞ?」
「平気だもん!」
「じゃあ、おじいちゃんが買ってくれたダウンジャケットを着ていって。」
「はーい!」

言い出したら聞かない一勇の性格をよく解っている嫁さんは、一勇の口元のクリームを拭ったあと、赤色のダウンジャケットを羽織らせた。

「うん、これでよし!」

俺はケーキの最後の一切れを口に放り込んでから死神化し、一勇はもこもこのダウンジャケットの上に死覇装を纏って。

「いってらっしゃい!」
「いってきまぁす!」
「おう。すぐ帰るよ。」
「気をつけてね!」

いつものように嫁さんに見送られ、ベランダから夜空へと舞い上がった。











虚退治はあっけなく終わり、一勇を抱えながら急ぐ夜の星空。

地上には無数の温かい光が灯り、ああ、この1つ1つの灯りの下で、それぞれの家族が、それぞれのクリスマスを迎えているんだな…なんて思いながら見下ろしていれば。

「ねぇパパ。ちょっと遠回りして帰ろ?」
「へ?」

腕に抱えた一勇が、きらきらと目を輝かせながらそう言って俺を見上げる。

「遠回りって…何でだ?寒いだろ?」
「だって、今日はクリスマスだもん!もしかしたら、プレゼントを配達中のサンタさんに会えるかもしれないでしょ?」
「…成る程。」

だから、虚退治について来たがったんだな、と納得。

「あのね、パパ。」
「おう、何だ?」
「僕、サンタさんは瞬歩が使えるんじゃないかと思うんだ!」
「へ?」
「だって、それぐらい速くなきゃ、世界中の子供にプレゼント配れないでしょ?」

嫁さん譲りのくりくりっとした目で、大真面目にそういう一勇。
死神とサンタクロースを直線で結びつける、子供の柔軟な発想に思わず舌を巻く。
いや、こんな発想ができるのは、世界中の子供の中でも一勇だけか。

…だったら、一勇の願いを叶えてやれるのは、世界中できっと俺だけだろう。

「…はは、そうか。そうだな!じゃあ、瞬歩のサンタクロース、探してみるか!」

俺は一勇を抱え、一際高く夜空へと舞い上がった。
死神代行としてではなく、一人の父親として。

「パパ~!もっと高く~!」
「了解!」
「パパ~!もっと速く~!」
「りょーかい!」

赤鼻のトナカイより、もっと鼻を赤くして。

白い息を吐き出しながら、楽しげに笑う一勇を抱え、空座の夜空を駆け巡る。

「サンタさん、いないねぇ!」
「まぁ、向こうも瞬歩なら、お互いに速すぎて気づかないかもな。」
「そっかぁ!」
「一勇!今この瞬間にもサンタが瞬歩でこの辺を走ってるかもしれないから、言いたいこと言っとけ!」
「うん!」

一勇は冷たく澄んだ空気をスウッと吸い込むと、高い声を張り上げた。

「サンタさぁぁん!いつもプレゼント、ありがとう~!ケーキ食べてね~!あと、僕にサインをくださぁぁい!」

夜空に響く、無邪気な願い。

俺は、サンタじゃないけれど。
この世界でたった一人…一勇の願いは、1つでも多く叶えてやりたいと思う。

「サンタさんに、聞こえたかな?」
「ああ、きっとな。」

一勇の問いかけに頷いてやれば、満足そうにニコッと笑う一勇。

俺にも嫁さんにもよく似たその笑顔を、心の底から愛しく思う。

「さぁ、帰るか!ママが待ってるぞ。」
「うん!」

いつもより長い空中散歩を終え、俺と一勇は織姫が待つマンションへと向かった。
俺と一勇の為だけに温かな灯りが灯る、いつもの部屋へ…。








「一護くん、一勇!お帰りなさい!」
「おう。」
「ただいま、ママ!」
「寒かったでしょう?」
「ううん、平気!」

ダウンジャケットを脱ぎ捨てて嫁さんに駆け寄る一勇の丸い頬を、彼女の柔らかな手が包む。
「あったかーい」と言いながらふにゃりと笑う一勇に、嫁さんもまたふわりと笑いかけた。

「ねぇ、一勇。サンタさん、来たわよ。」
「え…えええっ!いつ?」
「ついさっきよ。」

さっきまでふにゃふにゃだった目を落っこちそうなぐらいまん丸くして、一勇が叫ぶ。
ばっと振り返れば、確かにリビングにはプレゼントの箱と色紙が並べて置いてあり、サンタ用のケーキの皿は空になっていた。

「ママ、サンタさん見た!?」
「ううん。食器洗いしてる時に、後ろでコトッて音がしてね。振り返ったらプレゼントが…。」

プレゼントと色紙に急いで駆け寄る一勇の後ろで、嫁さんが俺に向かってウィンクを1つ。

成る程、サンタに会う為に夜中まで粘られるよりは、早めにサンタに登場していただいて、すんなり寝てもらおう…ってことか。

「わぁぁ!カラクライザーのベルトだぁ!僕が欲しかったヤツだ!あ…サインもちゃんとある!パパ、見て!」
「へ?」

そう言って、一勇が誇らしげに掲げた色紙には「SantaClaus with T」のサイン。

「with Tって…。」
「多分、トナカイのTかな?」

どこのお笑い芸人だよ、と突っ込みたくなったが、まぁ書いた本人がお笑い好きなんだから仕方がない。
とりあえず、昔の俺が手に入れることが出来なかったサンタのサインを、一勇は手に入れた訳だし。

「わーいわーい、サンタさんが来たー!サインももらえたー!僕の声、ちゃんとサンタさんに届いたんだー!」

大はしゃぎで部屋中をぴょんぴょん飛び回る一勇。
俺はそれを眺めながら、そっと嫁さんの傍にいき、彼女の耳元で囁いた。

「…織姫。口の端にクリームついてる。」
「ほ、ほぇっ!?」

俺の指摘に、嫁さんは慌てて口元を拭って。
そして、俺を上目遣いで見上げると、くすりと笑った。

「…ちょっと早めのサンタさんの登場だったけど、良かったかな?」
「いいんじゃねぇ?一勇、自分の声がちゃんとサンタに届いたって喜んでるし。」
「…声?」
「こっちの話。それに、今日の夜、夜更かしして、明日の幼稚園に響くのも困るからな。一勇には早く寝てもらわなきゃ。」
「うん、あたしもそう思って。」

一勇とそっくりの、純粋な瞳で頷く嫁さん。
そして、そういう可愛い目をされると、ついからかいたくなるのは、付き合いだした頃からの俺の悪い癖。

「まぁ、これで一勇も早寝間違いなしだし、夜はよろしくな?」
「…夜?」
「せっかくのクリスマスだし、ラッピングは特別なヤツで頼むぜ。」
「へ?……あ!」

…イタズラ半分、本音半分で告げた俺の一言に、一拍置いて、ぼんっ!
嫁さんは爆発したように赤くなると、俺の腹をぽくりと叩いた。
…まぁ、痛くも何ともねぇんだけど。

「もう、もうっ!」
「ははは。」
「あー、パパ、ママ、ケンカはだめだよっ!」
「はは、一勇大丈夫だぞー。パパとママは、めちゃくちゃ仲良しだからなー。な、織姫。」
「一護くんっ!」

今日は、クリスマスイブ。
子供の頃の俺は、オモチャやらサインやら、色んなものを欲しがった。
けれど、今は…来年も、その次のクリスマスも、こんな風に家族で過ごせるなら、他には何もいらない…そう思う。

こうして織姫と一勇と3人で過ごす時間が、俺にとっていちばんのプレゼントだよ。

ありがとな。







…翌日、12月25日の晩御飯。

「あのね、ママ、パパ!幼稚園の友達の家にも、サンタさん来たって!ぱくっ!」

食卓の話題は、やっぱりサンタクロースだった。
幼稚園では、届いたプレゼントの報告会が開かれたに違いない。

「そう、良かったわね!」
「うん!でね…むぐ、ゆうりちゃんとこうくんが『サンタさんを見た』って言うんだ…もぐもぐ…。」

口いっぱいにポテトサラダを頬張りながら、一勇が続ける。

「へぇ…。どこでだ?」

どっかのヒゲ親父と違って、ゆうりちゃんとこうくんの父親は、子供の夢を壊さないような上手いコスプレをしたんだろうな…なんて思いながら、一勇に話の続きを促せば。

「ごっくん!うんとね、夜にお空を見てサンタさんを探してたら、流れ星みたいに飛んでたんだって!」
「わぁ、素敵ね!」
「夜の空…?」
「何かね、赤いフードみたいのがひらひらしてたって!」
「赤いフード…?」
「うん!ほら、僕が大好きなパーカーとかダウンジャケットについてるやつ!」

一勇のその言葉に、俺と嫁さんははっとして顔を見合わせた。

「…なぁ織姫、夕べ、虚退治の時に一勇に着せたダウンジャケットって、確か…。」
「うん…赤色で、フードがついてた…。」

…しまった。

どうやら、12月24日の虚退治は、もう少し下界からの視線を気にしなければいけなかったらしい。

「いいなぁ。僕も見たかったなぁ、サンタさん。」
「…う、うん。そうだね、一勇…。」
「はは…また来年な。」

来年のクリスマス、もし虚退治に出かけなければならない時には、一勇に黒いダウンジャケットを着せよう…そう肝に命じた俺だった。



(2018.12.23)
42/68ページ
スキ