短い話のお部屋






「髪の毛、ばっさり切ろうかな。」

ソファの上、雑誌を片手に呟いたその言葉に、隣に座っている一護くんが驚いたように新聞から顔を上げた。






《キミのカミに祈りを込めて》






「ばっさりって…どれぐらいだ?」
「うーん、このくらいかな?」

私が手をハサミの形にして、肩の辺りでチョキチョキと切る様子を再現すれば、一護くんがますます目を丸くする。

「…どうしてまた、急に?」

一護くんからの、至極当然の質問。
そうだよね、高校時代に知り合ってから、ずっとロングヘアーだもん。

「ほら、これ見て。」

私が雑誌を差し出せば、一護くんが興味深そうに覗いてくれる。
その雑誌は「たま○クラブ」…お腹が少しふっくらしてきた私の、最近の愛読書。

「ね、ここの『出産までにやっておきたいことベスト10』って特集のところ。」
「…成る程。」

その第4位「髪を切る」の欄に並ぶ、先輩ママさん達からのアドバイスの数々。

『赤ちゃんが生まれると、美容院に行く時間が取れない!』
『髪の毛をゆっくり乾かす時間がない!』
『栄養を赤ちゃんにあげたからか、髪の毛の傷みが激しい!』

「…。」

一護くんは、しばらくその記事に無言で目を走らせて。
そして、私の顔を覗き込んだ。

「…あのさ、織姫。」
「うん。」
「オマエのその長い髪…たつきとの友情の印なんだろ?」
「うん…。」

一護くんが、そっと私の髪に触れる。
何でだろう、それだけで何だか泣きたい気持ちになる。

「それに…。」
「うん…。」
「俺…オマエの長い髪、好きなんだよな。」
「え?」
「ああ、誤解すんなよ。髪の毛が長くても短くても、織姫は織姫だけどさ。けど…なんて言うか、多分俺、オマエの髪にシンパシー感じてるんだよな。」
「シンパシー…?」

一護くんが、私に…?

驚く私の視線の先、一護くんはどこか懐かしそうに続ける。

「高校1年の時だな。たつきから、オマエがその胡桃色の髪のせいで、色々苦労してたって聞いてさ。…ああ、俺と一緒だ、って。」

高校時代の私は、一護くんに一方的にシンパシーを感じてた。
でも、もしかしたら一方的じゃなかった…?

「俺、昔から他人の名前とか顔とか覚えるの本当に苦手で。けどオマエのことは親しくなる前からずっと気になっててさ。ああ、髪の色のせいかもな、って。胡桃色の長い髪が目立つって意味じゃなくて、俺はオマエの髪に自分を映してたんだな、ってそん時に納得したんだ。」
「一護くん…。」

一護くんはそう言ってふっと笑うと、私の手からそっと雑誌を取り、パタンと閉じる。
そして、それをローテーブルに置くと、私を抱き寄せた。

「だから、さ。オマエが本当に髪を切りたいなら止めないけど、そうじゃないなら…そのままでいいんじゃねぇかな。髪の毛乾かす時間ぐらい、俺が作ってやるよ。何なら、俺が乾かしてやったっていい。」
「一護くん…。」

何度も、何度も私の髪を撫でる大きな手。
まるで幼い子供をあやすかの様に。
鼻の奧が、つんってする。

「心配するな。大丈夫だ、育児雑誌に書いてあることを一から十までやる必要なんてない。オマエらしくいれば、オマエは絶対にいい母親になるから。俺が保証するよ。」
「いち…う…うえぇ…。」

…そして、ついに決壊する私の涙腺、涙と一緒に溢れだしたのは内に隠していた不安。

ああ、一護くんは見抜いていたんだね。

母も、義母もいなくて、それどころか「母親」という存在すら知らなくて。
不安で、不安で…だから、育児雑誌に頼るしかなくて。
ここに書いてあることを全部やったら、ちゃんとしたお母さんになれるかも、って…。

「ぐすっ…わ、私、一護くんのお嫁さんになれて…赤ちゃんも授かって…すごく、すごく幸せで…。」
「おう。俺もだ。」
「なのに、こんな不安になったりして…ごめんなさい…。」
「謝るな。俺こそ、オマエの不安に気づいてやれなくてごめんな。」

泣きじゃくる私を、ぎゅうって抱きしめてくれる一護くんの腕の中は、本当に温かくて。

私には、こんなに優しくて強くて温かい、最強の味方がいるってこと…やっと思い出したよ。

「今度、ルキアにでも相談してみたらどうだ?」
「うん…でも、ルキアちゃんも子育て忙しいだろうし…。」
「だからこそ、気晴らしも必要なんじゃねぇの?声かけてやれよ、ルキアも喜ぶぜ。」
「そう…かな…。うん、そうだね。先輩ママさんから直接のアドバイス、もらっちゃおうかな。」
「おう。」

まだ、涙は乾ききっていないけれど。
それでも私が笑顔で一護くんを見上げれば、一護くんも笑ってくれた。

「生まれるの、楽しみだな。」
「うん。」
「性別も、もうちょっとで判るんだろ?」
「うん。でも、何となく一護くんに似た男の子って気がするんだ。」
「俺は織姫に似た女の子でもいいな。」
「ふふ、どっちでもいいよね。」
「ああ。どっちが生まれても、幸せだ。」

そんな話をしている間にもずっと、一護くんは私の髪を撫でてくれていた。

すべてを包み込んでくれる、大きな手で…。






…翌日。

「あ、おはよう、一護くん!」
「おう。はよ、織姫。それから、誕生日おめでとう。これ、プレゼントな。」
「え…?あ、ありがとう!そっか、今日私の誕生日だった!」

朝一番に一護くんから届いた「誕生日おめでとう」の言葉とプレゼントに、びっくりして、嬉しくて。
気の利いたお礼も言えず口をぱくぱくさせている私に、一護くんはくつくつと笑いながらプレゼントを開けるように促した。

「ほら、朝御飯の支度はあとでいいからさ。開けてみ?」
「うん!…わぁぁ!」

ナチュラルテイストな柄の箱を開ければ、中身は髪のお手入れセット。
お洒落なクシが3本に、高級そうなシャンプーとトリートメントが入っている。

「かなり前から用意しておいたんだ。なのに、オマエ昨日、髪をばっさり切るとか突然言い出してさ。内心びっくりしたんだぜ。」
「あ、あはは。そうだったんだ。」

一護くんはその中のクシを1本取りだして、早速私の長い髪をすいてくれた。

「やっぱ、こうじゃなくちゃな。」
「ふふ、すごく気持ちいい。」
「何なら、今日は一緒に風呂に入って、髪を洗ってやるぜ、お姫様。」
「え?!…そ、それはちょっと考えておきマス…。」

真っ赤な私の顔を覗き込んだ一護くんは、満足そうにニッと笑って。

「誕生日おめでとう。生まれてきてくれて…俺を選んでくれて、ありがとう…織姫。」

そのまま、優しいキスをくれた。








(2018.09.03)







「ただいま~。」
「あ、お帰りなさい一護くん!」
「おう、一護、邪魔しておるぞ。」
「あぶ~。」
「げ、ルキア!また来てるのかよ!頻繁に来すぎじゃねぇの?昨日はたつきが来てたし…。」
「何をいうか。私も有沢も織姫の身体の具合が心配なのだ。苺花も織姫になついておってな。一護が織姫を大事にしておらぬようなら、いつでも私が制裁を加えてやるからな。」
「おぉい!俺は俺なりに織姫を大事にしてるっての!」
「ふふ、ありがとうルキアちゃん。」


(たまごママの味方は、身近にたくさんいます)
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