短い話のお部屋







「あ、来た来た!」
「久しぶり~!」
「一護ぉ~、井上さぁぁん!こっちだよ~!」

陽射しが心地よい昼下がり。
待ち合わせ場所の駅前広場の噴水前で、たつきと水色、啓吾が手を上げる。

3人の視線の先には、こちらに歩み寄ってくる親子連れ。
太陽の光をキラリと弾かせながら、大きなVの字を描く胡桃色、オレンジ色、オレンジ色…に、たつき達の顔が思わず綻んだ。

「たつきちゃーん!」

胡桃色の長い髪を揺らし、声を弾ませながら手を振り返す織姫。
けれど、今すぐにでも駆け出しそうな声とは対照的に、その歩みはひどくゆっくりだ。

なぜなら。

「う。う。う。う。」
「頑張って一勇~。」

織姫と一護の間には、両親と手を繋ぎながら、ぽてぽてと小さな歩幅で歩く一勇。
一護の長い脚ならばあっという間のこの距離も、一勇にとってはちょっとしたお散歩コースだ。

どちらかが駆け寄ればすぐに合流できる距離だが、誰も走り出すことはせず、一勇の小さなチャレンジを温かい眼差しで見守った。

「…う!あ、きゃあー!」
「すごい、よく頑張ったね、一勇!ちょっと前までハイハイだったのに、もうこんなに歩けるなんて!」

ようやく噴水前に到着した一勇の頭を、たつきがしゃがんでくしゃくしゃと撫でる。

「ふふふ、みんなに歩いてるところを見せたくて、頑張ったのよね、一勇~!」
「いえい!」

たつきに丸いほっぺをぷにぷにとつつかれながら、誇らしげに一勇が笑う。

「すごい、もう『イエイ』なんて言えるの?」
「ふふ、偶然だと思うけど。」
「いえい、いえい!」

今度は「いえい」を褒められて、「いえい」を連発する一勇。

水色は、そんな一勇と女性陣のやり取りを黙って見つめる一護の表情が、また一層穏やかになっていることに気づいていた。

「すっかりパパの顔だね、一護。」
「そりゃ、これでも一応父親だからな。」
「ああ、高校時代にいちばん恋愛に無頓着だった一護が、いち早く結婚してパパになるとか、おかしいよな?彼女作りに懸命に励んでた俺は未だにフリーなのにさぁ!しかも、あの空座のアイドル井上さんが嫁さんだなんて、神様は不公平だぜ!日々、恋活に励んでた俺にこそ、可愛い彼女ができるべきなのに…って、ちょっと、聞いてる?!」
「で、チャドと石田は?」
「二人とも遅れるってさ。先に店に行っててくれって。」

少し前に、ボクシングの試合で格上の相手に勝利したチャド。
今日は、久しぶりに懐かしい仲間で集まり、イタリアンレストランの一室でささやかながらもチャドの祝勝会を開くことになっていた。

「茶渡くん、今日の主役なのにね。」

噴水の縁によじ登り、吹き上がる水に何とかして触れようと、小さな手を懸命に伸ばす一勇の身体を支えながら、織姫が困った様に笑う。

勿論、困っているのは遅れてくるチャドにではなく、噴水の水に触れるまで諦めようとしない一勇に、である。

「しかたねぇよ、遠征先から駆けつけてくれるんだからな。石田も仕事忙しいみたいだし。さ、そろそろ店に行こうか。」
「ちょっと~!本当に完全無視~!?」

騒ぐ啓吾を余所に、一護は同じ髪色の息子に手を伸ばすと、その小さな身体をひょいと抱き上げた。

「こら。一勇、噴水に落ちるぞ。」
「あ、あうぅー!」
「ほら、これでいいか?」

一護が一勇を抱えた長い両腕を真っ直ぐに伸ばせば、ほんの僅かに一勇の手を濡らす水しぶき。

水に手が届き、一勇がきゃっきゃっとはしゃいだところで、一護は一勇を噴水から離し、片手で抱き抱えた。

「さぁ、びしょびしょになる前に水遊びは終わりだ。行くぞ。」
「いやぁ~!」

まだまだ遊びたい、と一護の胸板で一勇がぐずり出す。
織姫は小さく笑うと、一勇の耳元に優しく話しかけた。

「一勇、この後お店でお昼御飯だよ。まんま。」
「…!ま、まんま!」
「そう。一勇、離乳食も進んで、色んな物が食べられるようになったもんね!」
「まんまんま~!」

母親の言葉に、大きな瞳をはっとしたように見開き、顔中をきらきらと輝かせ始める一勇。

「すごい、ご飯って聞いたら水遊びをピタッと諦めたよ。」
「さすが、織姫の息子だわ。」
「えへへ…そうかな~。」
「そこ、照れるとこ?」
「ほら、ぼちぼち動くぞ。一勇が飯食いたくて待ちきれないみたいだ。」

そう言うと、一護は左手で一勇を抱いたまま、空いている右手ですっと織姫の左手を取った。

「さ、行くぞ。」
「うん!」
「あい!」

そして、先頭を切って歩き出す黒崎家の少し後ろに、たつきと啓吾と水色が続く。

「あ~、やっぱ歩くと暑いなぁ。」
「ふふ、一護くんは一勇を抱いてるから余計に暑いよね。」
「けど、一勇にまた歩かせたら、店にいつ着くかわからねぇからな。」
「ぶぶ~!」

そんな3人の会話を後ろで聞きながら、たつき達は顔を見合わせてクスリと笑った。

「…暑いなら、繋いだ手を離せばいいのにね。」
「もう癖になってるんじゃない?むしろ、手が空いてると落ち着かない、みたいな。」
「ああ、いいなぁ一護~。絵に描いたような夫婦円満ぶりだぜ~。」

そんな事を囁かれているとは露知らず、すたすたと歩く黒崎一家を、たつきが大きな声で呼び止める。

「あのさぁ、一護、織姫!」
「何だ?」
「なぁに?たつきちゃん。」

くるり、とまったく同じタイミングでこちらを振り返る一護と織姫。
たつきは水色と啓吾に視線を合わせたあと、親指を突き立ててニッと笑った。

「今日の昼はチャドの祝勝会だけど、今日の夜はあんた達の結婚2周年のお祝いだから!楽しみにしててね!」
「えっ…!た、たつきちゃん、覚えててくれたの?」
「てか、まさかお前ら、今年もウチに来る気かよ!」
「いいじゃない、どうせ一心のおじさんや朽木さん達も来るんでしょ?今年も賑やかにやりましょ~!」
「だぁぁ、だから何で俺と織姫の結婚記念日が、お前らのイベントになってんだよ、おかしいだろ!」
「きゃはは~!」
「ほら、一勇も嬉しいってさ!」



1年前、家族や現世・死神の友人がどっと押し寄せ、どんちゃん騒ぎとなった初めての結婚記念日。
どうか今年は、家族3人で穏やかな結婚記念日を過ごせますように…そんな一護の願いは、儚く散ったのだった…。



《second wedding anniversary》




「いいじゃない、一護。今年もビール差し入れに持っていくからさ。また酔いに任せて、いっぱいノロケ話を聞かせてよ。」
「…だから、それが去年の一番の失敗だったんだよ、水色!」
「あはは、そっか。あーんな話やそーんな話まで教えてくれたもんね。」
「あああ、いいなぁ一護ぉ!俺も後悔するぐらいノロケ話してみたいよぉ!」


(2018.08.21)
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