短い話のお部屋






《secret message・side15~その後~》





「…でさ、水色。」
「何?幸せ一杯の一護。」
「……。」

朝からずっと、水色が不必要な枕詞を俺の名前につけてくるのが些か気にはなるが。
死神業に関しちゃ頼れる仲間が沢山いる俺も、こと恋愛に関して頼れるのはコイツしかいない訳で。
俺は口を尖らせながらも、周囲に聞こえないよう声を潜めて言葉を続けた。

「その…恥を忍んで聞くけどさ、付き合うって、具体的にどうすりゃいいんだ?」
「あはは。確かに、一護も井上さんも初めてだもんね。交際初日の動向に悩むのも無理ないか。」

水色は楽しげに笑ったあと、「うーん」と小さく唸って。

「そうだなぁ…とりあえず、今日のお昼は一緒に食べるとか。」
「……おう。」
「あとは、待ち合わせて一緒に帰るとか。」
「……他には?」
「時々、お互いの家を行き来してみたり。」
「……。」
「もし、井上さんにちょっかいを出すヤツが近づいてきたら、『コイツは俺のだ』ってガードしてみたり。」
「………。」
「あれ?一護、渋い顔してどうしたの?」

多分、俺の考えなんざとっくにお見通しの癖に。

水色はわざとらしく小首を傾げたあと、ポンっと手を打った。

「ああ、そうか!もう全部付き合う前からやっちゃってるから、今更感全開で新鮮味がないんだね!ごめん、全然気付かなかったよ!」
「…水色、お前ぜってー分かって言ってるだろ…。」

ああ、そうだよ。

告ってなかっただけで、一緒に帰ったり飯食ったりしてたし、何だかんだ理由をつけてお互いの家を行き来もしてたし、井上に近づく野郎共は全部俺が蹴散らしてたよ。

しょうがねぇじゃねぇか、井上は無防備で危なっかしくて、放っておけなかったんだから…と心の中でぼやく俺に、水色がくつくつと笑いながら続ける。

「まぁ、それだけ一護が無自覚彼氏ヅラしてたってことでしょ?いいんじゃない、『今日から付き合うんだ!』みたいに構えなくても。」
「…それでいいのかな?」
「多分、一護と井上さんの場合は、今まで通りでいいんだよ。大事なことは、一護も井上さんも、今まで隠していた自分の本当の気持ちをちょっとずつ伝え合っていくことだよ。」
「……。」
「一護、いつも相手を気遣いすぎて、大事なことを隠そうとするからさ。これからは大事なことほど井上さんに伝えること。井上さんを不安にさせちゃダメだよ?」
「…わかった。」

水色からのアドバイスは、悔しいけれど的確で。

からかわれたりもしたけれど、やっぱりコイツに相談したのは正しい判断だったんだな…そう思えた。

「うわぁぁ、皆の天使井上さんが、ついに一護のモノになっちゃったよぉぉ~!」
少なくとも、休み時間になる度に大騒ぎしている啓吾に相談するよりは…。









「それでね、その時たつきちゃんがね…。」

夕方、井上との帰り道。

学校を出る時、周囲からの視線がやたら気になったことを除けば、いつもと何も変わらない日常。

夕陽に染まる道を、井上のとめどないお喋りに相槌を打ちながら歩く。

「あとね、昨日バイト先の新作パンが出てね…!」
「ああ。」

特に恋人同士らしい会話をすることもなく、気付けば俺達は井上の暮らすアパート前に到着してしまっていた。

「じゃ、じゃあね!黒崎くん、送ってくれてありがとう!」

ぺこりとお辞儀をした井上が、長い髪を翻し、階段を駆け上がっていく。

「井上!」

思わず、呼び止めて。

階段を上る足を止めて、俺を振り返る井上を見上げる。

「その…えっと…。」

この間借りた漫画の続き、借りたくてさ。

英語の宿題がわかんなくてさ、教えてくれねぇ?

腹減ったから、廃棄パンがあったら食いたいんだけど。

いつもの癖で、つい理由をあれこれ探し始める俺の脳ミソ。

…けど、ああ、これじゃいつも通りじゃねぇか、って。

俺と井上は付き合い始めたんだから、そんな言い訳もういらないんだ…って、気がついて。
水色の言った通り、俺も井上も、ちょっとずつ伝えていかなくちゃいけないんだよな。

…ずっと隠してきた、素直な気持ちを。

「なぁ…もう少し一緒にいたいから…オマエんち、寄っていっても…いいか?」

俺が思い切ってそう告げれば、驚いたように見開かれた井上の薄茶の瞳が、やがてふにゃりと細まった。

「あのね…私も…黒崎くんと一緒にいたいです…。」

そう言うと、井上は俺が階段を駆け上るより早く、階段を駆け下りてきて。

「きゃっ…!!」
「あ、あぶねぇ!」

そして、案の定階段の途中で足を滑らせ、俺の腕の中に飛び込んできた。

「セーフ…。」
「ご、ごめんね黒崎くん!」

井上は慌てて俺から離れようとしたけれど、俺は抱き止めた腕に力を込める。

「……っ!」
「いいだろ、俺達付き合ってんだから。…いやか?」
「…ううん…。」

俺の制服の胸元を、井上の小さな手がキュッと掴む。

多分、俺も井上も顔が赤かったに違いないけど。

夕陽のオレンジがそれを隠すように、俺達を包んでくれた。






いつも通りの毎日に、少しずつ2人の想いを溶かしていこう。




(2018.2.17)
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