短い話のお部屋






《secret message・side15》




「おはよう、一護。」
「はよ、水色。」

2月15日の朝。

いつも通り教室に入って、いつもの様に机に鞄を置いて。
机に鞄の中身を突っ込む俺に、ススッと音もなく近寄ってくる水色。

「…何だ?」
「うん、昨日の今頃は眉間の皺が3割増しだったのに、今日の一護は幸せそうな顔をしてるなぁって。」
「……っ!」

愕然として言葉を失う俺に、水色がにっこりと笑って見せる。
全てを「知っている」という、あの笑顔だ。

「べ、別にいつもと同じ顔だろうが…!」
「あはは、他人から見ればそうだろうね。でも、一護は自分で思うよりずっと、顔に機嫌が出るんだよ?」

一応突っぱねてはみるものの、やっぱり水色の方が一枚上手で。

「昨日、友チョコだと思って内心ガッカリしてたチョコレートが、実は本命だった…そんなところかな?」
「…ガッカリはしてねぇよ。」

俺は、早々に隠し事をするのを諦めた。






昨日はバレンタインデー。
井上は、朝一番で俺にチョコレートを差し出してくれた。
勿論、嬉しかったけれど…でも、たつきが見ている目の前で渡される、たつきが手にしている物と同じ包み紙のチョコレート。

ああ、やっぱり今年も友チョコか…なんて、やるせない気持ちも正直隠せなくて。

喜びたいのに、素直に喜べない…そんな複雑な感情が、水色に解るぐらいには顔に出ていたんだろう。

それでも、家に帰って、夕飯や宿題を全て終えて井上からのチョコレートと向き合えば、胸に湧き上がるのは甘酸っぱい緊張。

例え友チョコだったとしても、俺にとっては特別なチョコに違いなくて。
包み紙をとめるセロテープを爪で引っかき、丁寧に剥がしていく。

「…井上、ここまでぴっちりとめなくてもいいのに…取りにくいじゃねぇか。」

そうぼやきながらも、包み紙を破る気にはなれなくて。
頑丈なテープ達と暫く格闘した俺は、ようやく包み紙を開いた。

そして、箱を包んでいた紙を広げたその時…俺の目を奪ったのは、チョコレートの箱ではなく、包み紙の不自然な位置に水色のインクで綴られたメッセージ。



『ずっと、大好きです』



「え…?」

見覚えのある整った字で、小さく書かれたその言葉に、目を疑って。

何度か目をこすって、もう一度確かめれば、やっぱりそこには「ずっと大好き」の文字。

「これ…って…。」

思わず、指先でその文字を辿る。

同時に、ドクドクとうるさいほどに激しく鳴り始める、俺の鼓動。

「いや待て!井上のことだ、全員の包み紙に書いてるのかもしれねぇし…!」

期待してしまう自分を制するようにそう叫んで、俺はスマホをガッと掴んだ。

『もしもし?こんな時間に何の用?』
「あのさ、たつき。井上からのチョコ、もう食ったか?」
『へ?うん。大丈夫、お腹痛くもなってないし、ちゃんと美味しかったわよ?』
「そうじゃなくて、その…箱の包み紙、見たか?」
『は?包み紙がどうしたの?』
「な、何でもねぇ…じゃあな!」
『ちょっと、一護?何なの?』

「期待」が「確信」に変わったその瞬間、もう頭の中は井上のことで一杯で、たつきと当たり障りのない会話をする余裕すらなくなって。
プツンと一方的に通話を切った俺の顔に、一気に熱が集まる。

たつきのチョコレートの包み紙には、なかったメッセージ。
俺のチョコレートの包み紙にだけ、書かれたメッセージ。

…もしかしたら、井上は俺に気づいてほしくなかったのかもしれない。

包装紙の裏、しかも白地に水色のインクで書かれたメッセージなんて、相当気をつけなければ見過ごしてしまうに違いないものだから。

…でも、だからこそ。

そのメッセージに込められた「ずっと、大好き」の「好き」は、きっと「友達」や「仲間」に対してのそれじゃない…そう思えて。

そして、俺のその考えが正しいかどうか…確かめずにはいられなかった。

だって、俺は、気づいてしまったんだから。

チョコレートに密やかに込められた、井上からの「想い」に。

そして、井上との関係を変えたい…と願う、俺自身の「想い」に。





手の中のスマホのデジタル数字は、既に10時過ぎを表示している。

けれど、俺はスマホの画面に指を滑らせ、着信履歴から井上の番号を呼び出した。

ずっと隠していたお互いの想いを、確かめる為に…。









「いいなぁ、井上さんからの本命チョコなんて、空座一高の全男子生徒の憧れだよ?」
「…あんまりデカい声で言うなよ、水色。」
「あれ、まだ慣れてないの?」
「たりめーだろ。告ったの昨日だぜ?」

からかっているのか、祝福しているのかよくわからない水色の言葉に、俺が精一杯のポーカーフェイスを保ちながらそっぽを向けば。

「おっはよ~、一護、水色ぉ~!」
「はよ、啓吾。」
「おはよー。」

ちょうど教室に入ってきた啓吾が、挨拶と同時に俺と水色の間に顔を差し入れた。
そして、俺の顔を数秒見つめたあと、不思議そうに首を捻る。

「…あれ?一護、何かいいことでもあった?」
「は?」
「だって今日の一護の顔、すっげぇ緩んで…ぐはぁっ!」
「う、うるせぇ!何もねぇよ!」

とっさに啓吾の腹に一発入れる俺を、水色がやたらニコニコと笑いながら眺める。

「ありゃ…啓吾にも見抜かれちゃうなんて、今日の一護からは幸せオーラがダダ漏れなんだね。こりゃ、周りにバレるのも時間の問題かな?」
「ち、違…!」

慌てて否定しようとする俺の横で、啓吾は不死鳥のごとくガバッと立ち上がり、俺をビシッと指差した。

「わかったぞ、一護ぉ!昨日、井上さんからチョコレートもらったからだろ!?フッフッフッ、残念だね一護!実は、俺だって井上さんからチョコレートもらったんだよ~ん!ああ、井上さんは俺の天使…。」
「あーあ…残念なのはキミですよ、浅野さん。」
「ええっ!?何その水色の哀れむような眼差しは!あと敬語嫌ぁ~!?」





(2018.2.14)
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