短い話のお部屋






《secret message》





「おはよー、たつきちゃん!はい、チョコレートだよ~!」

2月14日の朝。
私が挨拶と同時に差し出したバレンタインのチョコレートの包みを、たつきちゃんは苦笑混じりに受け取った。

「ありがと、織姫。」
「うん!でも…たつきちゃん、何だか困り笑いしてる?」

手放しで喜んでくれると思っていたのにな…と私が首を傾げれば、たつきちゃんは苦い顔で私の手提げを指差す。

「だって、あんたのその手提げ、いくつチョコが入ってるの?」
「え?いくつかなぁ。えっとね、みちるちゃんと千鶴ちゃんと鈴ちゃんと真花ちゃんと、あと石田くんと茶渡くんと小島くんと浅野くんと…。」
「はいはい、解ったわよ。で、肝心の一護へのチョコは?」
「…へ?あ、ある、よ…?」

たつきちゃんの質問に、ぽんっと顔を赤くしながら答えれば、たつきちゃんは溜め息をついて首を振った。

「あのさ、織姫からのチョコレートは嬉しいよ。そうやって皆に平等にチョコを用意してくるのも織姫らしいと思う。でもさ…毎年言うけど、それじゃあ一護に本命だって伝わらないでしょう?」
「いいの。本命チョコなんて、黒崎くんにはきっと重すぎるもん。」

沢山の友チョコにこっそり混ぜた、本命チョコ。

これなら、黒崎くんも受け取ってくれるに違いないから。

「でもさ、高校生活最後のバレンタインだよ?卒業したら、バラバラになっちゃうんだよ?そろそろ、織姫の気持ちをアイツにちゃんと伝えなきゃダメでしょう?」「ありがと、たつきちゃん。でも…いいんだ。」
「織姫、でもさ…。」
「あ、黒崎くんだ!」

複雑な顔を浮かべるたつきちゃんの向こう、こちらに近づいてくるオレンジ色がパッと目に入って。
ドキン…と飛び跳ねる心臓。
でも、私はなるべく平静を装って、いつもと同じように手を振った。

「黒崎くん、おはよー!」
「はよ、井上。」
「あの…日頃の感謝を込めて、ち、チョコレートです!よ、良かったら…!」

手の震えを必死で押さえながら、差し出すチョコレート。
黒崎くんはそのチョコレートと、たつきちゃんが持っているチョコレートを見比べて、包み紙がお揃いなのを確かめると、安心したようにそれを受け取ってくれた。

「友チョコ、皆に配ってんのか?」
「う、うん!そうなの!私、いつも皆にお世話になりっぱなしだから!手作りだけど、バイト先の店長のご指導入りだから、味は保証しますぞ!」

私がこくこくと全力で頷けば、手にしたチョコをぐるりと眺める黒崎くん。

「綺麗に包んであるな。ラッピングも井上?」
「うん!バイトでね、ラッピングは何回もするから。どんなサイズの箱でも、皺なくぴっちり包めるようになったよ。」
「成る程な。」

話がチョコの包み紙に移ったことに、一瞬ドキッとしたけれど。
納得したように頷いた黒崎くんは、「ありがとな」と言って鞄にチョコレートをしまい、教室へと入っていった。

「たつきちゃん、黒崎くん受け取ってくれたよ~!良かったぁ!」
「だから、友チョコじゃダメなんだってば…。」

たつきちゃんは渋い顔をしていたけれど、私は1日中顔が緩みっぱなしになるぐらい、嬉しかった。











「黒崎くん…チョコ、食べてくれたかなぁ…。」
夜、机に向かいながら、私はペンケースにある水色のペンをそっと取り出した。

あのね、たつきちゃん。

今年のバレンタインは、ちゃんと黒崎くんに想いを「渡した」よ。

包み紙の裏側、折り込まれてテープでとめられて見えなくなる、その位置に。

水色のインクのペンでそっと綴った、黒崎くんへの私の想い。



「ずっと、大好きです」



出会ってからずっと、大好きだった人。

そしてこれからもずっと、大好きな人。

高校を卒業しても、別々の道を歩き出した後も、いつか黒崎くんに特別な人ができたとしても…ずっと、ずっと大好きな人…。

あの位置に書いたメッセージは、包み紙のテープを全て綺麗に剥がして元通りにしない限り、目に入ることはない。

だから、黒崎くんがあのメッセージに気付くことはないけれど…それでいいの。

私は、黒崎くんに、気持ちを知ってほしい訳じゃなくて。
黒崎くんに、振り向いてほしい訳じゃなくて。

ただ、手渡したかったの。

高校3年間、私の心の中でずっと膨らみ続けていた「黒崎くんへの想い」を、ほんの少しだけでいいから…チョコレートの包み紙の裏に忍ばせて。

黒崎くんに、「想いを手渡せた」…それだけで…幸せ…。





プルルル…。





ふいに鳴る、携帯電話。

その、たった1人の為の着信音に、どくんと心臓が音を立てる。

『…もしもし?今…電話大丈夫か?』
「く、黒崎くん!うん、今家にいるから全然大丈夫だよ…!」
『そっか。その…なんだ、あ~…。』
「う、うん…なぁに?」

もしかして、チョコレートが美味しくなかったのかな。
もしかしたら、あのチョコレートが迷惑だったのかな。

一気に湧き上がる、不安。
唇が震えて、上手なお喋りも浮かばなくて、ただ黒崎くんの言葉の続きを待つ私と、電話の向こうで私以上に言葉に詰まる黒崎くん。
「あ~」とか「うん」とか、お互いに意味を持たない言葉で間を繋いでいれば、やがて黒崎くんの思い切ったような声が受話器越しに聞こえた。

『あ~!やっぱ今からそっちに行く!オマエ、今家だよな!?』
「へあ?う、うん!」
『こんな時間だし、死神になってそっち行くから。すぐだからな!』

ぷつり…と携帯電話の通話が切れた、その直後。

窓ガラスをコンコン…と叩く音に振り返れば、そこには瞬歩で来たらしい死覇装姿の黒崎くんがいた。

「い、いらっしゃい黒崎くん。」
「おう…悪いな、こんな時間に…。」

窓を開けて部屋へと招き入れれば、黒崎くんは草履を脱いで窓の隅に置いて。
私の前にふわっと舞い降りると、ガリガリと頭をかいた。

「あの…さ。」
「う、うん…。」
「これ…。」

黒崎くんが死覇装の袂から躊躇いがちに取り出したのは、綺麗に畳まれた見覚えのある包み紙。

「…あ…!」

目を見開く私の前で、黒崎くんはそれをゆっくりと広げて、私の書いた水色の文字を指し示した。

「あのさ…これ…井上の字だよな?」
「あ、あの、それは、その…!」

まさか、黒崎くんが私が綴った文字に気付くなんて思いもよらなくて。

顔が火を噴いたように熱くなるのを感じながら、私はしどろもどろで言葉を続ける。

「黒崎くん、その包み紙…破ればいいのに…どうして…。」
「そりゃ、その…。」

私の問いかけに、真っ赤な顔の黒崎くんは、視線を逸らして。

「他のヤツならともかく、好きなヤツから貰ったチョコレートの包み紙、乱暴に破いたりする訳ねぇだろ。」
「え…?」

す…き…?

好き?

「だから、その…ああ、畜生!つまり、嬉しかったんだって!」
「黒崎…くん…。」
「これ…本命チョコだって思っていいんだよな?」
「…は、い…本命…です…。」





その後、どんな言葉を黒崎くんと交わしたのか、よく覚えていない。

覚えているのは、抱きしめられた時に視界に映った、涙で滲む死覇装の黒。

それと、「テープ剥がすの大変だから、来年からはもっと緩くラッピングしていいぞ」って照れくさそうに耳元で呟く、黒崎くんの優しい声だった。





(2018.02.11)
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