短い話のお部屋








ピンポーン。

スーツのポケットに小さな箱を忍ばせ、気恥ずかしさを押し隠しつつインターホンを押す。

「お帰りなさい!」

玄関を開ければ、ゆるく束ねた長い髪を揺らし、こちらへパタパタと走ってくる嫁さん。

「ただいま、織姫。」

玄関先で嫁さんと交わす「お帰りなさい」のキスも、これで366回目。

今日は、俺と織姫の初めての結婚記念日。






《first wedding anniversary》






「ただいま、一勇。」
「あ~…ぶぶ~。」

リビングにあるベビーベッドを覗けば、嫁さん譲りのくりっとした瞳で、小さな手足をぱたぱたさせる一勇。

「はは、『ぶぶ~』が一勇の『ただいま』か?」

俺に手を伸ばしてくる一勇を抱き上げ、軽く揺する。
生まれた時には驚くほどふにゃふにゃだった体が少しずつしっかりしてきて、俺でも安心して抱けるようになった。

「夕飯、頑張ってくれたんだな。」
「勿論!一勇が夕方いい子にしててくれたから、助かっちゃった。」

ダイニングテーブルには綺麗にセッティングされた食器達、その真ん中には『ABCookies』のホールケーキ。

「店長さんにね、『今日初めての結婚記念日なんです』って言ったら、ケーキちょっと割引してくれたんだよ!」
「そっか。さすが元社員、優遇されてるな。」

えっへん、と胸を張る織姫に、俺は目を細めて頷いた。




初めての結婚記念日。
夏梨や遊子は「せっかくだから、2人でお洒落なホテルのディナーにでも出かけたらどうか、一勇は預かるから」と言ってくれたが、織姫はやんわりと断った。

俺としては、久しぶりに織姫を子育てから解放し、外に連れ出してやりたい…とも思ったのだが、織姫は「結婚記念日だからこそ、お祝いに一勇も入れてあげたいの。」と笑う。
まぁ、嫁さんの性格上、いつぐずり出すか分からない一勇を誰かに預けてディナーに出かけても、一勇が気になって安心して食事なんてできないんだろう。

「さぁ一勇、今日はパパとママが結婚して1年のお祝いだよ~。」
「あ、あぶぅ~。」

俺から一勇を受け取った織姫があやしながらそう言えば、お祝い仲間に入れてもらえてご機嫌なのか、一勇が嬉しそうに手足をぱたぱた動かす。

結局、結婚記念日といいながら、特別なことなんて何もない。
いつもの部屋で、いつもの3人で迎える、いつもの夕食。

けれど、どんな綺麗な夜景も高級な料理も敵わない、俺が本当に愛しいと思える大切な光景がここにある。

「なぁ、織姫。」
「はぁい?」
「これ…安物だけど。」
「え?」

そんな、ささやかで尊い幸せを毎日俺にくれる彼女に、ちょっとぐらい記念日らしいことをしてやりたくて。
俺がスーツのポケットから小箱を取り出せば、織姫は心底驚いたように目を真ん丸くした。

「い、一護くん?何?」
「何って…結婚記念日のプレゼントに決まってるだろ。」

俺が苦笑気味にそう言えば、喜ぶより先にオロオロし始める嫁さん。

「ええっ?ど、どうしよう、私何も用意してない…!」
「いいって。本当に大したモンじゃねぇから。それにオマエは夕食とケーキ用意してくれたんだ、それで十分だろ?」

俺は一勇を抱いていて両手が塞がっている織姫の代わりに、小箱の蓋を開けて。
中身を取り出し、織姫に差し出した。

「素敵…!」
「本当は、ネックレスやイヤリングみたいなアクセサリーのが格好ついたんだろうけど、どっちも子育てには邪魔だからってオマエつけないだろ?だから、実用性重視ってことで。」

俺がプレゼントに選んだのは、バレッタ。

楕円形の台座は、藍色をベースに、紫色や青色が夜空のようなグラデーションを描いていて。
その中に、星屑のようにキラキラと沢山の小さなラメが輝いている。

まるで七夕の夜空を切り取ったようなバレッタは、「織姫」の名をもつ嫁さんにぴったりだと思ったんだ。
それに、一勇が生まれてから、育児の為に長い髪を束ねることが多くなった嫁さんに、毎日使ってもらえそうだし。

「嬉しい…!今、つけていい?」
「勿論。」

漸く弾けるような笑顔を見せた嫁さんは、一勇をベビーベッドにそっと寝かせると、バレッタを受け取り胡桃色の髪をまとめた。

「どう?」
「ああ、いい感じだと思うぜ?」
「…ありがとう、一護くん。嬉しい。」
「どういたしまして。」

どちらともなく、身体を寄せ合って、腕を回して。
そのまま、ギュッと抱き締める。

「一護くん…1年前の今日のこと、覚えてる?」
「ああ。あの結婚式から、もう1年なんだな。親父は号泣するわ、たつきや水色や啓吾には『こんなに綺麗な織姫は一護にはやっぱり勿体ないから、結婚はナシにしたらどうか』とか言われるわ、恋次とルキアは食事にがっつきすぎて石田とチャドの分まで食っちまうわ、乱菊さんたちは飲みすぎて潰れるわ…。」「ふふ。でも、本当に楽しくて幸せな式だったよね。…あれから、一勇が生まれて、家族が増えて…あっという間の1年だったね。ありがとう、一護くん。」
「ああ。これからもよろしくな、奥さん。」
「こちらこそ、よろしくお願いします旦那様。」

重なり合う、唇と唇。

重なり合う、感謝と感謝。
重なり合う、幸福と幸福。

そしてきっと、これからもこうして重ね続けていく、2人の時間。

現世で生を全うした後はきっと、尸魂界で死神としてまた嫁さんと夫婦になるだろうから。
いつか、「もう結婚記念日なんて数えていられない」と音を上げたくなるまで、ずっと。

「あぶ、ぶぶぶぅ~!」
「あ、一勇が何だか怒ってるみたい。」
「ははは、仲間に入れろって言ってるんだろ?」

ずっと、こうして一緒にいような。








「さ、一勇も一緒に夕食に混ざろうね~。」
「あう、ばぁ~。」
「じゃ、いただきま~…」





ピンポーン





「…誰か来た。」






「こんばんは、お兄ちゃん、織姫ちゃん!」
「わはは~!せっかくの結婚記念日、お祝いに駆けつけたぞ!」
「わぁ、お義父さん、夏梨ちゃんに遊子ちゃんも!」
「げ!てか、結婚記念日のお祝いって駆けつけるモンかよ!?」




ピンポーン





「織姫~!一護~!久しぶり~!」
「やぁ、二人とも元気かい?」
「結婚記念日おめでとぉ~!ああ、新妻な井上さん最高だぜ~!」
「こんなことでもなきゃ、なかなか集まらないからさ。いいきっかけだと思って。」
「ム…。」
「わぁ、たつきちゃん達まで!」
「おい、オマエら…!」




ピンポーン






「久しいな。邪魔するぞ、織姫。子育ては順調か?」
「よう!自分の身体もちゃんと労ってるか?ほれ、差し入れの鯛焼きだ。」
「ルキアちゃん、恋次くん!ありがとう、元気だよ!」
「はぁい、織姫♪いいお酒が手に入ったから、結婚記念日のお祝いに持って来たわよん。」
「乱菊さん!織姫は授乳中だから酒は飲めないんだよ!てか、こんな大人数俺達の部屋に入りきらないだろ!!」
「あら~。じゃあ一護、お風呂かトイレあたりにいてくれない?」
「うぉぉい!」
「あはは、一護くん楽しいね!」
「あ、きゃはぁ~!」





(2017.08.21)
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