短い話のお部屋







《続々々・2月22日》





「やぁ~阿散井さん、引っかかっていただいてありがとうございます!!」
「ニャ?ニャア…!」

何だ!?何なんだ!?

そう叫んだはずの声も、全て「ニャーニャー」という情けない鳴き声に変わってしまう。

「いやぁ、さすがに4年目ともなると、黒崎サンも井上サンも警戒して、数日前からこちらに近づいてくれないんですよ。」
「ニ…!」

いつもなら見下ろす筈の下駄帽子の顔を遥か上に見上げれば、それはそれは楽しげな笑みを浮かべて、ヤツは俺を見下ろした。

「なーのーで!今年の2月22日は、どうみても大型犬の阿散井さんに、致し方なく猫になっていただきましたぁ!」
「ニャニャー!」

致し方なくって何だ、致し方なくって!
突然現世に呼び出され、「10時のおやつです」って勧められた鯛焼き食っただけで、こんな体になっちまった俺の方がずっと不本意で理不尽だっての!

「ささ、久しぶりの現世ッス。お散歩にでも行ってらっしゃーい♪」
「ミニャー!」

ブーブー(いや、ニャーニャーか、この場合)文句を言った俺がうるさかったのか、下駄帽子はひょいと俺をつまみ上げ、そのまま浦原商店の窓から放り出したのだった…。










「ニャ、ニャニャー!」

ガリガリ、ガリガリ。

必死に引っ掻く、井上の部屋の窓ガラス。

浦原商店から放り出された俺は、六花を使える井上を頼ることにした。下駄帽子の話じゃ、どうやら井上も猫にされた経験があるらしいからな…きっとスムーズに事が進む筈だ。

「わ、真っ赤な犬!?…じゃない…猫ちゃんがベランダにいる!」

俺の懸命のアピールに、漸く気づいた井上がベランダの窓を開ける。
俺が素早く井上の部屋に飛び込むと、そこには。

「井上、どうした?…い、犬!?…や、よく見りゃ猫か。入ってきたのか?」
「あ、黒崎くん!」

井上の部屋には、既に先客…一護がいた。

「ね、可愛いね!」
「…そうか?半端なく目つき悪くね?」

とりあえずラグの上に腰を下ろす俺を覗き込み、まじまじと見つめる一護と井上。

てか、目つきが悪いのはお互い様だろうが一護。

「にしても…身体の色が真っ赤って、珍しい猫だな。」
「うん。変わった模様も入ってるね。この模様、どこかで見たことあるような…。」
「てか…本当にコイツ猫か?軽く中型犬ぐらいあるじゃねぇか。」
「あ!じゃあ、どっかの動物園から逃げ出してきたジャコウネコとかだったりして!」
「ジャコウネコ?それ、赤いのか?毛並みもこんなにモッサモサか?」
「ニャー、ニャニャーニャー!」

いやいや、見慣れた赤色に見慣れた毛並みに見慣れた刺青模様だろ、気付けよ!!

俺が身ぶりをつけて必死にそう訴えるも、一護と井上には全く伝わらない。
2人で「すまほ」とやらをほっぺたがくっつきそうな距離で覗き込み、「やっぱりジャコウネコじゃないみたい…」などと当たり前なことを呟いている。

クソ、なんて鈍いバカップルなんだ!
自分達だって、去年の今頃同じ目に合っている癖に…!

「そう言えばこの子、男の子かな?女の子かな?」
「ニャ?」

突然、井上が思い出したようにそう言うと、おもむろに俺を抱き上げる。

え?わ、ま、待て井上!
見るんじゃねぇ!
見るんじゃ…!

「よいしょっ…と。お、重~い!…あ、男の子だ!」

…見られた…。

「ニニャア…。」
「あ、あれ?何だか急に元気がなくなっちゃった!ごめんね、変な抱き上げ方して苦しかったのかな?」

ショックにがっくりとうなだれる俺をラグに下ろし、井上は慌てたようにキッチンへと走ると、トレイを手に戻ってきた。

「ほら、牛乳だよ、飲める?あとね、にぼしも冷蔵庫にあったから、食べていいよ!」

お詫びだと言わんばかりに俺の前に食い物を並べる井上。
そして、再び俺を抱き上げ膝の上に乗せると、俺の頭やら首やら背中やらを何度も優しく撫で始めた。

「うふふ、ちょっと重いけど…可愛い可愛い、元気になって…。」

ああ、やべぇ。
これはかなり気持ちがいい…って待て待て待て、「井上の膝の上」って、これガチでヤバいヤツだろ!?
ルキアと一護に殺される!

「ニャ、ニャニャーッ!」
「ああっ、逃げないで~っ…きゃっ?」

可愛らしい悲鳴に、井上の膝から逃げ出した俺が1mほどの距離を開けて振り返れば、そこには。

「く、黒崎くん?」

俺を追いかけようと腰を上げた井上を、引き止めるように後ろから抱きしめる一護。

「…今日は、久しぶりに1日ずっと一緒にいられるって喜んでたのはオマエだろ?いつまで猫構ってんだよ…。」

一護はそう言うと、抱きしめた井上ごと腰をラグに落とし、足を井上に絡める。

…何だコイツ、もしかして猫の俺にヤキモチ焼いてんのか?
ちっせぇなぁ…。

「えーと…じゃあ、どこかにお出かけしましょうか?いいお天気だし…。」
「やだ。」
「でも…。」
「今日は1日ずっと俺がオマエを完全独占してやるから。」
「……っ///!?」

こっぱずかしい台詞を平然と吐き出す一護に思わず振り返った井上と、そこにすかさず顔を重ねる一護。

…って、うおおい!何してんだ!
俺、俺が見てるんだぞ!

「く、黒崎く…ん…。」
「…何だよ?イヤなのか?」
「イヤな訳…ないよ…。」

頬を染めた井上は一護の腕の中で身体を反転し、一護の両肩に手を回して。
そして、身体を密着させた2人は「いちゃいちゃ」という音がしそうな程にいちゃつき始めた。

「こんな風に黒崎くんに甘えるの…久しぶりだね。」
「オマエが仕事仕事で忙しいからだろ?」
「でも、いつでも黒崎くんのこと、一番に考えてるよ?」
「そりゃ、どうも。」

ああああ…俺はすっかり蚊帳の外かよ!

目のやり場に困った俺は、部屋のカーテンに身を隠し、両耳を塞ぐ。

今日が「猫の日」とはよく言ったもんだぜ。
猫になった俺より、一護と井上の方がよっぽど「にゃんにゃん」してるっつーの…!









「…して喜助、今年はどうやって元に戻る仕組みなのだ?」
「あ、今年はもう面倒だったんで、1時間たったら勝手に元に戻るッスよ。」
「…まぁ、複雑な条件では一生猫のままかもしれぬからな、阿散井恋次の場合は…。」












「黒崎くん…大好き…。」
「俺もだ、井上…。」

ああ、何でこんな場に居合わせちまったかな。

これならいっそ、俺だと気付かれずに猫の姿のまま立ち去った方が、お互いの為だよな?

一護と井上だって、いちゃつくところを俺に見られた…なんて、気まずいだろうしな?

俺がカーテンからそっと抜け出し、僅かに開いている窓に飛び乗った、その時。

ピピッ。

井上の部屋の時計が、11時ちょうどを知らせた。




(2017.02.22)
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