短い話のお部屋







今日は、黒崎くんとお付き合いするようになってから、初めてのバレンタインデー。

学校帰り、「ウチに寄ってもらってもいいですか?」って聞いたら、「おう。」って照れくさそうに視線をそらせた黒崎くん。
夕陽に照らされた横顔は、夕陽のオレンジより少し赤色だった。

ねぇ、もしかして期待してくれてる?
このあと、私の部屋で甘~いチョコレートを…って。

でもね、覚悟してて。

今年のバレンタインデーは、ちょっとした「サプライズ付」なんだから。









《さぷらいず・バレンタイン》








黒崎くんとお付き合いするようになってから、黒崎くんの色んな表情に出会えるようになった。

学校では相変わらずクールで口数も少なめで。
友達には「ちょっとそっけないね、本当に付き合ってるの?」って言われちゃうぐらいなのに。

二人きりになると、突然私を名前で呼んだり、抱き寄せたり。
「ちょんちょん」って肩をつつかれて、振り向いたと同時に「ちゅっ」…てしたりして…。

そういう時、いつもあわあわして、どもって、顔を真っ赤にするしかない私を見て、黒崎くんはイタズラを成功させた子供みたいに笑うの。

「今日も井上タコの出来上がりだな。ちっとは慣れろよ。」
「もうもう…///!タコじゃないもん!」
「ははは、じゃあ牛だな、モーモー鳴くから。」
そんな、ちょっとイジワルな笑顔の黒崎くんすらカッコいい…って思っちゃう私も私なんだけど。

黒崎くんに名前で呼ばれたり、ギュッてされたり、キスされたりする度に、幸せすぎてふわふわ空へ飛んでいっちゃいそうなぐらい舞い上がってしまうけど。

でもでも、いつも私ばっかりあわあわしてたら不公平だもの。
今日は私が黒崎くんをあわあわさせちゃうんだ。

その為に、この間尸魂界へ行って、乱菊さんに相談だってしてきたんだから!







「黒崎くん、お待たせ~!」

黒崎くんにも私の部屋に上がってもらって、ウェルカムコーヒーだけ差し出して。
「ちょっと待っててね」ってリビングから消えた私に、もしかしてチョコレートを期待してくれた?

再びリビングに現れた私を見て、黒崎くんが少し驚いたような顔をしてる。

「…着替えたのか?別に制服のままでもいいのに。」

私の手にはチョコレートはなくて。
代わりにチョコレート色のチュニックを着て現れた私に、黒崎くんは文句を言いたいけど言えない…みたいな複雑な顔をしてる(気がする)。

これは、掴みはオッケー!ってヤツですか?

「あのね、黒崎くん。」
「おう。」

黒崎くんの隣に、ちょこんと正座して。
私が真剣な眼差しで彼を見上げれば、彼もまた期待と不安が入り混じった眼差しで私を見つめる。
「今日は、バレンタインデーです。」
「おう。知ってる。」
「しかも、その…お付き合いをしてから初めての、バレンタインデーです。」
「…おう。知ってる。」
「だからね、今年のバレンタインは…。」

私はそこまで告げると、チュニックのポケットに隠してあったピンク色のリボンを取り出し、頭の上にちょこんと乗せた。
そして。

「はい!今年のチョコレートは、私でーす!」




「………。」





あ、黒崎くん、鳩が豆鉄砲くらったような顔をしてる!
数秒遅れて、顔がかぁぁって赤く変わった!

やった!やったよ乱菊さん!
井上織姫、サプライズ成功です!
黒崎くんをあわあわさせました!

「えへへ~、なーんてね、びっくりした?実はね…。」

黒崎くんのこんな一面が見られて、大満足の私。

実はね、冷蔵庫の中に、昨夜頑張って作ったチョコレートがちゃんとスタンバイしてるんだよ…って本当のことを言おうとした、次の瞬間。

ぐっ…と腕を引かれ、私は黒崎くんにぎゅう~っと抱きしめられていた。

「…ありがとう、井上。」
「へ?」

黒崎くんに抱きしめられているから、彼の顔は見えないけど。
でも、その声音は真剣そのもの。

「…俺、付き合いだしてから、とにかく井上に構いたくて、触りたくて…。けど、そんなの俺の方だけなんじゃねぇかって、ずっと不安だったんだ。」「え?え?」
「キスすんのも俺からばっかだし…井上は優しいから拒まないだけで、俺が井上にキスしてぇって思うほど、井上は俺とキスしたい訳じゃないんじゃないか…って。」
「く、黒崎くん…。」
「けど…違ったんだな。井上もちゃんと、考えててくれたんだな。」
「…え?」
「すげぇ嬉しいよ、井上。まさか井上から切り出してくれるなんて思ってなかったから。」
「…はい?」
「そろそろ…先に進んでもいい頃だよな、俺達。」

黒崎くんはゆっくりと腕を緩めて。
私の身体を少し離すと、今まででいちばんじゃないかって思うぐらいの優しい笑顔で、私の髪を撫でた。

「胡桃色のチョコレートか…。確かに、世界中のどのチョコレートより甘そうだ。」
「あ、の…。」
「このチョコレートを食べていいのは…世界中で俺だけだよな?井上。…いや、こういう時こそ名前で呼ぶべきだよな、織姫…。」

ど、どうしよう乱菊さん。

私、冷蔵庫の中にある手作りチョコレートを出すタイミング、完全に失ったみたいです…。










「どうした?松本、今日は朝からずっと執務室でニヤニヤと…。」
「隊長、知ってます?今日2月14日は、現世ではバレンタインデーって言うんですよ。」
「ああ。以前に井上から聞いたことがあるな。」
「ふふふ。バレンタインデーは、恋人同士がチョコレートみたいに甘~く溶け合っちゃう日なんですよ~♪」
「ん?そんな話だったか…?」




(2017.02.12)
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