短い話のお部屋
「ねぇ、黒崎くん!いいお天気になって良かったね!」
「こら、走るな井上!転ぶぞ!」
「大丈夫~!」
1月1日、元旦。
抜けるような青空の下、鳥居をくぐる井上がはしゃぐ。
「しょうがねぇな」なんて口先では言いながら、そんな彼女の笑顔が嬉しくて。
自然に緩んでいく口元を引き締めながら、俺もまた鳥居をくぐった。
《本当の願い事》
一人暮らしの井上は、大晦日も元旦も独りぼっちで迎えている…そのことに、俺の方が耐えられなくて。
こうして、初詣に一緒に行くようになって、今年で4年目。
高校卒業後、進路はバラバラになってしまった俺達だけど、今でもこうして初詣を理由に集まって、新年を一緒に迎えている。
俺の視線の先には、長い胡桃色の髪を揺らしながら、玉砂利の上を楽しげに歩く井上。
時々俺を振り返っては弾けるような笑顔を見せる彼女に、ああ、今年も誘って良かった…って、心の底から思うんだ。
「わぁ、すごい人だね!早く並ぼうよ、黒崎くん!」
「だから慌てるなって。」
俺を手招きで呼ぶ井上に小走りで追いついて、参拝を待つ客の列に並ぶ。
「ねぇねぇ、黒崎くんはどんなお願い事するの?」
「俺か?そうだなぁ…『大学で留年せずにすみますように』かな。死神代行でちょくちょく授業抜けたりしてて、ヤバいんだよなぁ。」「あはは。じゃあ、私の今年のお願いは『去年より美味しいパンが焼けますように』にしようかな。」
そんな話をしている間にも、列はどんどん進んでいき、参拝の順番が訪れた。
賽銭を投げ入れ、パンパン…と井上と揃えて柏手を打って。
手を合わせ、瞳を閉じる。
「………。」
…なぁ、井上。
本当は、俺の願いは、留年阻止なんかじゃないんだ。
そんなのは、俺が必死に勉強すれば済むこと。
大学なんて出席をとらない講義も多いし、ダチに代返だって頼める。
死神代行の俺が、こんな風に神社で神様に縋るなんて、可笑しいって分かってるけどさ、それでも。
俺がどうしても乞わずにいられない本当の願いは。
…今年も、オマエと一緒にいられますように…。
「……よし。」
どうか、祈りが届きますように…そう最後に強く念じたあと、ゆっくりと目を開ける。
そして、隣の井上を見れば、井上もちょうど伏せていた目を開けて、顔を上げたところだった。
そして、ふっと俺を見上げた井上と、目と目があって。
彼女が、ほんのりと頬を染めてはにかんだ様に笑った…その瞬間。
これは、予感。
それとも、直感?
…もしかしたら、俺とオマエは…。
「…終わったか?」
「うん。黒崎くんもちゃんとお願い事できた?」
脳裏をよぎった、浅はかな自惚れ。
それを顔には出さぬよう、平静を装う俺の想いなどつゆ知らず、無邪気に笑う井上。俺と井上はとりあえず後ろで待つ参拝客に場所を譲り、列から抜けながら話を続けた。
「おう、一応な。…井上も美味しいパン、焼けるといいな。」
「え?パン?」
「へ?だって、オマエの願い事それだろ?」
噛み合わない会話に俺が首を捻れば、ハッとしたような顔をして、目を泳がせ始める井上。
「え?あ…あ!そ、そうでした!」
「『そうでした』って何だよ。本当は違うのか?」
「え…!?あ、あの…!」
みるみる顔を真っ赤にし、井上がわたわたし始める。
怪しむ俺の前、「明らかに隠し事をしています」と顔に書いたまま、彼女はわざとらしく話題を変え始めた。
「ね…ねぇねぇ黒崎くん、あっちで甘酒飲もうよ!」
「井上、オマエの本当の願い事って?」
「あはは…あ、おみくじ!おみくじもあるよ黒崎くん!」
「いーのうえー?」
「あとね、あとね、屋台でたこ焼きも食べたいなぁ!」
「新年から隠し事か~?」
「あうう…あと、御守りも買いたいよぅ。」
「…へいへい。」
必死で話題を変えようとする井上に、ちょっとだけ探りを入れて。
けれど、次第に眉をへの字にして困り笑いをする井上に、「しつこい男は嫌われる」って言うしな…なんて。
結局突っ込みきれず、早々に折れてしまう俺は、多分相当コイツに惚れている。
…けれど。
「じゃあ、甘酒から行こう!甘酒~!」「だから、走るなって~!」
なぁ、期待していいのかな?
俺の直感を、信じてもいいのかな?
オマエが神様に祈った、本当の願い事は。
もしかしたら、俺が本当に願ったそれと、同じだったかも知れない…って…。
「…ちょっと、何よあれ。」
「何だよ何だよ!一護と井上さん、さっきからずっと2人の世界じゃんか~!」
「全くだよ…はっきり言って、僕たち必要かい?」
「まぁ、井上さんだけ誘うと、あからさまにデートになっちゃうからね。あくまでも『高校時代の友人の集まり』って形でいきたいんでしょ?」
「ム…。」
「どうせ、2人揃って『今年も一緒にいられますように…』なんてお願い事したんでしょ?毎年毎年同じ願い事、神様だってそろそろ聞き飽きたわよねぇ。」
「あはは。神様の方が、逆に『今年はいい加減願い事のレベルを上げたらどうだ?』って言いそうだよね。」
「わ~!水色、何だよ願い事のレベル上げって!」
「まぁ、黒崎じゃ『手を繋げますように』ぐらいのレベルアップが関の山だろうけどね。」
「ム…石田、それじゃ一護が小学生だ…。」
「あはは、見て見て!その小学生が織姫を必死に口説いてるわよ?さては、『今年も今日の夕飯は俺の家で一緒に食べようぜ』とか言っちゃってるんじゃない?」
「わぁぁ、もう本当俺達ここにいる意味なくね!?」
「神頼みよりはっきり告白した方がよっぽど早いって、いつになったら気づくんだろうな、黒崎は…。」
(2017.01.01)