短い話のお部屋







《Xmas with hero》





「はぁ…。」

一勇を寝かしつけた後の、夫婦だけの時間。

リビングのテレビ画面には煌びやかなイルミネーションの様子が流れ、「クリスマスまであと1週間ですね!」と笑顔のリポーターが告げている。

それをソファでコーヒー片手に見ている俺の隣、織姫はいつも一勇と図書館に行くときに使う愛用のトートバッグから、絵本ではなくモダンな色使いの一冊の本を溜め息混じりに取り出した。

「…織姫、何だその本。」
「和裁の本だよ。」
「和裁?」

本をパラパラと捲りながら、織姫は再び溜め息を零し俺を見上げる。

「ほら、もうすぐクリスマスでしょ?一勇も3歳になったし、試しに『一勇はサンタさんにどんなプレゼントをお願いするの?』って聞いてみたの。」
「ああ。去年の今頃はまだ上手く喋れなくて、こっちで喜びそうなモン選んだんだっけな。で、アイツは何が欲しいって?」
「それがね…満面の笑みで『僕、死覇装がほしい!』って…。」
「ぶっ!」

俺はコーヒーを吹き出しそうになるのを何とかこらえ、隣の織姫を見つめた。

「…どこの3歳児がサンタに死覇装頼むんだよ。」
「うーん…うちの3歳児?」
「いや…他のプレゼントにするように、何とか説得できなかったのか?」
「私もそう思って『サンタさんは外国の人だから、着物は持ってないかもしれないよ~?』とか言ってみたんだけど、『そんなことないよ!絶対に死覇装がいい!』って言い張るの。尸魂界にも、さすがに一勇サイズの死覇装はないだろうし…。」
「それで、和裁の本か…。」
確かにウチの嫁さんは器用だし手芸が昔から得意だから、本を見ながら死覇装を縫い上げる…なんてことも、やってのけてしまうんだろう…が。

「…やっぱりオモチャとかの方が、3歳児らしくていい気がするんだけどなぁ…。」

嫁さんにかかる労力が半端ないことを心配した俺がそうぼやけば、嫁さんの困ったような笑顔が、どこか嬉しそうなそれにふっと変わった。

「でも…仕方ないのかなって思ってるよ。だって、一勇のヒーローはあなただもの。」
「ヒーロー…?」
「うん。子供って、戦隊モノやライダーやウルトラマンみたいな、強くてカッコ良くて優しい変身ヒーローに憧れるじゃない?一勇にとっては、それが一護くんなのよ。私にとってもそう。高校生の頃から、私のヒーローは一護くんだけよ。」

そう言ってふわり…と綺麗な笑顔を見せる織姫。

もう結婚して随分経つのに。
未だに俺にストレートに向けられる嫁さんの褒め言葉に、俺は未だに慣れることが出来ず、照れ隠しのコーヒーを煽る。

クスリ…と小さな笑い声を零す織姫は、多分そんな俺の心境すらお見通しなんだろうな…ってのが少し悔しい。

「テレビ画面の向こうのヒーローなんか、勝てっこないわ。だって、一勇は自分のパパが、颯爽と死神代行に変身して虚を魂葬する姿を何度も見てるんだもの。」
「…そんなに褒めても、何も出ねぇぞ?」
「ふふ。だって本当のことよ?一護くんは、私と一勇のヒーロー…」
「だぁっ!それ以上言うなよ!俺がくすぐったくて耐えられねぇよ!」
「きゃあっ!」
半分は本気で俺を誉めつつも、残り半分で俺の反応を楽しむかのような織姫を、ソファに押し倒して。
そのまま、クスクスと笑う嫁さんの笑い声ごと唇を奪うのは、半分は嫁さんの口を塞ぐ為で、残り半分は愛情と感謝の意を表す為。

…俺が「ヒーロー」でいられるのは、織姫と一勇がいてこそ。
「ヒーロー」は護るべきものなくして、存在することなどできないのだから…。

「…ん…。」

ゆっくりと唇を離せば、織姫はやっぱり嬉しそうに俺を見上げて笑った。

「…ねぇ、一護くん。明日、手芸店を巡って、死覇装に近い素材の黒い布探しから始めてみるね。」
「ああ。」
「あと1週間で完成するように、頑張ってみるよ。」
「ああ。あんまり無理はすんなよ。時間が欲しけりゃ、俺が一勇を外へ連れ出すからさ。」
「うん。ありがとう。…って、あの、一護くんっ?ここ、ソファなんだけど…ねぇってば…!」

あわあわし始めた嫁さんを組み敷いて、今度は俺がニンマリと笑う。

まぁ、俺が「ヒーローだ」って言うんなら、オマエはつまり「ヒロイン」なんだから、ちゃんと結ばれてくれねぇとな?なんて…。












…翌日の朝。

「パパ、ママ!サンタさん来たよ!」

とてとてと小さな足音を立てながら、寝起きの一勇が息せききってリビングに駆け込んできた。

「ははは。何を言ってるんだ一勇、クリスマスはまだ先だぞ?」
「でも、サンタさんがちゃんとプレゼントくれたんだ!見てて!」

一勇はそう言うと、俺と嫁さんの前で拳をぎゅっと握り、力を溜めるように「うーん」と可愛らしく唸って、そして。
「…えいっ!」

パッ…!と一勇が小さな身体を大きく開くと同時に、お気に入りの水色のパジャマごと一勇を包む、黒い死覇装が現れた。

「「………!!」」

驚きのあまり絶句して、思わず織姫と顔を見合わせる。
織姫もまた、元々大きな目をさらに真ん丸くして俺と一勇を交互に見ていた。

「ほら、パパとお揃いの死覇装だよ!サンタさん、ぼくがいい子にしてたから、きっと早めにプレゼントくれたんだ!」

呆然とする俺と織姫の前で、無邪気にきゃっきゃっとはしゃぐ一勇が走り回る。

「い、一護くん…。」
「あ、ああ。サンタじゃねぇ、自力だよ。一勇、3歳で能力をここまで開花させやがったのか…!」
「パパみたいになりたいって気持ちが、力に結びついちゃったのね…。」

一勇の力が、果たしてどんなものなのかは、解らないけれど。
…とりあえず、嫁さんが和裁の本とにらめっこする必要がなくなったことだけは理解した俺だった…。









「ねぇパパ、ママ!もしかしたら、クリスマスの夜にサンタさんもう1回プレゼントくれるかな?」
「へ?」
「そしたら僕、今度は斬魄刀をお願いする!『パパとお揃いのください』って!」
「ざ、斬魄刀はプレゼントの箱には入らないんじゃないかなぁ?」
「やだやだ、ぼく斬魄刀欲しい!パパと一緒に魂葬したいもん!」
「ど、どうしよう一護くん…私、さすがに斬魄刀は作れないよ…。」
「や…この調子なら、クリスマスぐらいにまた自力で斬魄刀創り出したりするかもしれねぇぜ?」
「ヒーローの息子はやっぱりヒーローなんだね、一護くん…。」
「サンタさん、ありがとー!またきてねー!」





(2016.12.24)
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