短い話のお部屋
「あ、見て黒崎くん!七夕の笹飾りだよ!」
学校帰り、井上とデートがてら寄った空座商店街の通り道。
井上の指差す先には、笹の葉さらさら、五色の短冊。
《7月7日の織姫の願い》
「ねぇねぇ黒崎くん、お願い事を書こうよ!」
井上にぐいぐいと腕を引っ張られ、既に色とりどりの短冊が下げられた笹の前にやってきた俺。
井上は「ご自由にどうぞ」と書かれた箱から短冊を2枚手に取り、気合いたっぷりに俺に差し出す。
「はい、どうぞ!」
「お、おう…。」
井上の勢いに押され、俺の髪色に合わせたオレンジの短冊をとりあえず受け取りながらも、俺は困って頭を掻いた。
「や…けど井上、俺別に願い事とかねぇし…。」
「じゃあ今から考えればいいよ!」
「つってもなぁ…。」
「ほら、黒崎くんが今欲しいものとか!」
「欲しいもの…かぁ…。けど、だったら短冊に書くより自分でバイト代貯めて買う方が早いだろ。」
「いいえ!そんなことありませんぞ!短冊に書くのも大事なんですぞ!」
「…うーん…。」
井上がこういった年中行事に張り切って取り組む性格だってのは、付き合って間もない俺でも十分に知ってることだけど。
けど、俺にまでこうも強引に突き合わせようとするのは、珍しいよな。
「なぁ、井上は何て書くつもりなんだ?」
結局、なかなか書くことが浮かばない俺が、井上の持つ水色の短冊を指差しそう尋ねれば。
井上はぴょこんっと飛び跳ねて、急にわたわたし始めた。
「え!?えーと、その…ひ、秘密です…。」
「何でだよ?」
「ほ、ほら!お願い事は内緒にしないと叶わないって言うでしょ?」
「それ、初詣だろ。てか短冊に書いて飾る段階で願い事フルオープンじゃねぇか。」
「あわわ…でも、黒崎くんには秘密です!」
井上はそう言うと、俺に背を向けてこそこそっと短冊にペンを走らせ、俺が「見せろよ」と言うより先にそそくさと短冊を笹の影に飾り付けてしまった。
「…オマエ、本当に内緒にしやがったな。」
「ささ、黒崎くん。今度は黒崎くんの番ですぞ!その短冊に、黒崎くんの欲しいものを書き付けちゃってください!」
「………。」
欲しいモノ…かぁ…。
欲しかったCDは最近買ったばっかだし。
この間、雑誌で見たTシャツもいいなと思ったけど、どうしても欲しいって訳でも…。
欲しいものなんて、本当に思い付かねぇんだけどな…なんて、短冊を睨みつけていた俺が、ふと視線を隣へ移せば。
じ~~~~っ。
「………。」
井上が、両手をぐっと握りしめながら、短冊に穴が開きそうなほど熱い眼差しで俺の手元を見つめているのに気がついた。
「………?」
井上のヤツ、何でこんなに俺に欲しいモノを書かせたがるんだ?
…そう、考えて。
「………!!」
ピン…と俺の頭上で閃く電球。
そんなの俺の自惚れかも…なんて思いながらも、井上が可愛くて可愛くて、仕方がなくなって。
更にもう1つ、俺の頭上に閃く電球。
…ああそっか、今日は7月7日、七夕だもんな。
せっかくなら、俺の隣にいる「織姫」に、願いを叶えてもらうのもいいよな…なんて。
…そして、ついでにちょっとだけ、困らせたくなった。
「…決めた。」
「本当!?」
俺の呟きに、俺以上に難しい顔をしていた井上の顔が、ぱあっと花が咲いたかの様な笑顔に変わる。
「…おう。」
そんな井上をチラリ…と横目で確認して。
さっきまで、眉間に皺を寄せて悩んでいたのが嘘の様に、サラサラと短冊にペンを走らせる。
「…え……?」
そして、再び井上をチラリと見れば、花の様な笑顔が、数学の難問にでもぶち当たった様な顔に変わっていくのが目の端に映って吹き出しそうになった。
「さ、飾り付けてくるかな。」
「え!?あの、黒崎くん、もうちょっと具体的に…!」
隣で慌てる井上にくつくつと笑いながら、俺は笹の高いところにその短冊をくくりつけて。
…そしてついでに、さっき井上が書いた短冊を縛り付けた辺りを視線で探る。
そして、俺の目が探し当てたのは、風に靡く水色の短冊、見慣れた字で書かれた願い事。
「…やっぱり、な。」
ニンマリしながら、そう思わず呟いて。
あわあわしている井上の手を取り、商店街を後にした。
7月7日、七夕。
さらさらと風に揺れる水色の短冊には
「黒崎くんの欲しいモノを教えてください」
そしてオレンジ色の短冊には
「柔らかくて、甘くて、いいにおいのするモノが欲しい」
(「うわーん、いい作戦だと思ったのに~っ!!『柔らかくて、甘くて、いいにおいのするモノ』って何だろう!?黒崎くんの誕生日まで、あと1週間しかないよ~!!」)
さて、地上の織姫は、7月15日に彦星の願い事を叶えることができるでしょうか…?
続く!?
(2015.07.07)