短い話のお部屋






「………。」

俺は今、今日何度目かの友人からのメールを睨み付けている。

『なぁ一護、今日は何の日か知ってる?』

俺はメールの差出人の啓吾に「うるせぇよ、バカ」とだけ打って返信した。







《1月5日》






今日1月5日は、語呂合わせで「イチゴの日」らしい。
そして、俺はこの名前のせいで、毎年1月5日にいじられたりネタにされたりする羽目になる。

「どうしたの?黒崎くん。」
「あ…いや、啓吾からメールが来てたから、返信しただけ。」
「そっか。」

今、俺の隣には愛すべき彼女・井上。
冬休み終了目前のデートを、こんなつまらないメールに邪魔されることが素直に腹立たしい。

「ねぇ黒崎くん、おやつを買ってからウチに帰ろう。」
「おう。いいぜ。」

どうせ「イチゴ」「イチゴ」と連呼されるなら、井上の声で聞きたいよな。
てか、ほとんどのダチが俺を「一護」と呼ぶのに対し、カノジョである井上だけが頑なに「黒崎くん」呼びなんだよなぁ…。
まぁかく言う俺も、井上を名前呼びするのは、かなりハードル高いんだけど…。

「デザート、デザート~♪至福の~ひととき~♪」

俺はそんなことを考えながら、自作の「デザートの歌」を歌う井上と2人、近所のスーパーの自動ドアをくぐった。








入り口を入ってすぐにあるのは、野菜や果物の生鮮食品。そして俺の予想通り、色とりどりの果物コーナーのド真ん中には「本日はイチゴの日」というポップと共に、イチゴのパック売りが並べられていた。

「あ、果物欲しいなぁ…。」

そう呟きながら果物コーナーを見つめる井上に、ふと湧き上がる期待。

今日なら「イチゴの日」にかけて、俺のこと「一護くん」とか呼んでくれたりするかも…なんて。

そうだ、お笑い好きな井上のことだ、「今日は1月5日だし、一護くんと一緒にイチゴを食べましょう!…な~んて…えへへ」とか…有り得る。大いに有り得る。

そんなことを考えた俺がにやける口元を慌てて隠せば、やがて井上は果物コーナーに手を伸ばし、そして。

「よーし!黒崎くん、ミカンを買っていきましょう!」

ミカンの大袋を手に振り返り、満面の笑みを俺に向けた。

井上はガクッと思わず肩を落とす俺には気付かず、「やっぱりお菓子も欲しいなぁ」と言ってさっさとお菓子コーナーへと歩き出す。

ミカンな…そうだな、イチゴは量の割に高いからな、お得感ではかなわねぇよな…。

俺はそう自分に言い聞かせ、気を取り直して井上の後に続いた。





「お菓子、お菓子~♪」

お菓子コーナーでも、井上は鼻歌を歌いながら、何を買おうか物色していた。

そうだ、お菓子。
お菓子と言えば、イチゴ味の物がかなりの確率で存在するはず。味によって値段が変わる訳じゃないし、ここでなら…。

そんな期待を抱きつつ、お菓子を手に取る井上を眺める俺。

井上はまず、ポッ○ーの棚に手を伸ばし。

「抹茶味だって!渋いですなぁ!」

次に、チョコレートの棚に目を向けて。

「黒崎くん用に、ビターチョコも買わなくちゃ!」

さらに、ガムの棚を見つめて。

「オレンジとグレープフルーツにしよっと。」

…ことごとく無視されるイチゴ味のお菓子達。
俺は何だか俺自身が井上に無視されているような錯覚に陥り、何ともいたたまれない気持ちになっていた。

「い、井上!俺すっげーアイスが食いたいなぁ!」
「ほえ?今日は寒いって言ってたのに?」

俺は最後の賭けとばかりに井上を冷凍食品コーナーに連れて行き、彼女をずいっと冷凍庫前に押し出す。

「…井上、好きなの選べよ。」
「え?でもアイスが食べたいのは黒崎くんじゃ…。」
「いいから、井上が選んでくれ。頼む。」

俺が半ば祈る様な気持ちでそう告げれば、井上は戸惑いながらもこくりと頷いて。
そして少し迷った後、井上が手に取ったアイスのカップはピンク色、そして左隅には緑のヘタに赤いつぶつぶの果物のイラスト。

や、やった、遂に…!

その光景に、内心ガッツポーズを決める俺。
そんな俺を、井上はくるりと振り返って、にっこりと笑った。

「じゃあ、ストロベリーにするね!」
…まさかの英語ですか、井上サン…。







結局、買い物で井上の口から「イチゴ」という単語は遂に発せられなかった。
そして、買い込んだデザートをテーブルに広げてまったりと「おやつタイム」を過ごしている今も、それは継続中。

何か俺、ムダにブルーになってねぇか?

今日何度目かの溜め息をひっそりとついて。
俺がビターチョコを口に放り込んでいれば、突然井上が真剣な顔でずいっと俺に顔を寄せてきた。

「…な、何だ?」
「あ、あのね…。」

真っ赤な顔で、俺をじっと見つめている井上。

…そして。





ちゅ





「……へ?」

突然のことに、目を丸くしたまま動けない俺と、イチゴみたいに真っ赤な顔で俯く井上。

暫く無言の時が続いた後、井上は上目遣いに俺を見上げ、恥ずかしそうに呟いた。

「その…今日は1月5日なので…一護くん大好きってことで…その…。」

…な、なんだコイツ!?
いきなり可愛すぎるだろ!?
てか、井上からキスされたのって多分初めてだ…!

「えへへ…一護くんってイチゴくんなのに唇はビターですな…。」

そう言って笑う井上を、俺は思わず抱きしめた。








イチゴの日、万歳!











「…そうだ、井上。」
「なぁに?」
「今日はイチゴ食べてるヤツが、日本中に山ほどいるんだろうけどさ。」
「うん。」
「イチゴに食われるのは、多分オマエだけだな。」
「ほ、ほえっ?」


…イタダキマス。


(2015.01.05)
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