短い話のお部屋
《恋次の育児記録》
ある日俺とルキアは、突如として浦原商店に呼び出された。
「…で、何だこれは。」
俺達の目の前には4人の赤ん坊。
それは、どう見ても…。
「いやぁ、実験に付き合っていただいたら、ちょっとね♪」
「何が『ちょっとね♪』だ!このガキ共、どうみても一護達じゃねぇか!」
…そう、オレンジ頭の赤ん坊に胡桃色の髪の赤ん坊、色黒で癖っ毛の赤ん坊、メガネで遊ぶ黒髪の赤ん坊が、「あう~」「だ~」と声を出しながら、よちよち歩いたり、床をハイハイしたり…。
また怪しい薬を開発しやがったな下駄帽子め…。
「おお、井上…なんて姿に…!」
ほら見ろ、変わり果てた親友の姿にルキアも嘆いて…
「可愛い!可愛いぞ井上!今すぐ我が屋敷に連れて帰りたい!」
…いない。
「尸魂界に連れていかれるのは困りますが…よろしければ、暫くこの子達を街に連れ出してくれまスか?」
「何!?よいのか!?」
「きゃはぁ!」
きゃっきゃっと笑う井上に頬ずりをするルキアの顔が、ぱあっと輝く。
「ハイ。その間に、元に戻す薬を作りますから。今日はその為にお呼びしたんですし。」
「オイ…子守の為に俺達をわざわざ呼んだのかよ。」
げんなりする俺に、下駄帽子は何かを手渡す。
「何だコレ?」
「筆記具とカメラっス。せっかくなんで、薬の作用を記録してきてくださいな♪」
…マジでぶん殴るぞ…。
しかし半ギレ寸前の俺の手から、ルキアがすっとカメラだけを抜き取った。
「では、カメラは私が持とう。愛くるしい井上を逃さず撮らねばならぬからな。」
そう言い、井上とカメラを抱きかかえ、すたすたと歩き出すルキア。
「お、おい、待てよ!他の3人はどうすんだ!」
「知らぬ。見ての通り、私の手は可愛い井上でいっぱいだ。」
「……。」
ツンツンと着物の裾を引っ張られた俺が足元をちらりと見下ろせば。
「だぁ~…。」
そこには「俺達も連れていけ」とガンを飛ばす赤ん坊が3人…。
俺は額に血管を浮かばせつつ、3人の赤ん坊を抱き上げルキアの後を追った。
以下、俺が下駄帽子に頼まれて書いた記録だ。
12時
渡された4人分の離乳食を、ルキアが全て井上に食べさせてしまう。
井上はあっさり完食。
仕方なく、一護達には俺が自腹を切って適当に飯を与える。
井上を見るに、薬による食欲の減退はない模様。
13時半
ウサギのマークの赤ん坊用品専門店に行く。ルキアが井上に好みの服を着せては、大興奮で写真を撮りまくっている。
店員の視線が痛い。
俺もやや引いている。
せっかくなので、一護達にもベビー服を着せた。
思わず吹き出して大笑いしたら、一護達からパンチと髪の毛引っ張りの応酬を受けた。
かなり痛い。
あと、ルキアが「可愛いぞ井上!やはりこのまま我が屋敷に…!」とか言う度に、一護が赤ん坊にあるまじき殺気を放つ。
また、ルキアが「おお、この服もよく似合う!さすが井上!」とか言って頬ずりする度に、一護が短い足で激しく暴れ出す。
相当痛い。
赤ん坊になっても、霊力や腕力、ついでに独占欲も減退はしない模様。
仕方なく、一護と井上にペアの甚平を着せたら、途端にご機嫌になり「あう、あう!」と見つめ合いはしゃぎ出す。
コイツら…。
ちなみに、ウサギやら人魚やら、様々なコスプ…服を着せた結果、苺の服を着ていちばんいい笑顔を見せる井上を見るに、どうやら薬による好みの変化もないらしい。
14時半
児童館へ行く。
茶渡は沢山のぬいぐるみに囲まれて、無表情だが多分あれで相当喜んでいる。
時々あちこちかじっているのは愛情表現らしいが、そろそろぬいぐるみの耳がちぎれる。
石田はパズルで黙々と遊んでいる。時々「君にはできないだろう?」的な目で俺を見るのがムカつく。
…あれ、何だコレ意外と難し…止めた。
井上はルキアに写真を撮られながら積み木で遊んでいる。そこへ見知らぬガキ(性別:男)が絡んでくる。
それに気付いた一護が高速ハイハイで井上に近づき、見知らぬガキを突き飛ばす。
結果、俺がガキの親に頭を下げる羽目になる。
一護は「井上は俺が護ったぜ」的なドヤ顔。
俺には大迷惑だ。
…てか、赤ん坊の世話って本当に大変なんだな…。
…そんなこんなで迎えた夕方。
井上を抱いてご機嫌なルキアと赤ん坊3人を抱え疲労困憊な俺は、浦原商店に戻った。
薬は無事完成したらしく、一護達はすぐ元に戻ることができた。
ルキアはかなり残念そうな顔をしていたが…。
…数日後。
あの下駄帽子から、俺の元に手紙が届いた。
中を開けば、それはいつかの赤ん坊4人の記録文で。
『・字は丁寧に書きましょう。
・内容は的確かつ簡潔にまとめましょう。』
という赤い字の批評と、「もう少しがんばりましょう」の判子…。
俺は即刻、蛇尾丸でそれを切り刻み燃やしてやった。
(2014.07.24)