短い話のお部屋





《kiss*kiss*kiss*》





「ねぇねぇ、黒崎くん知ってた?その…キスって上手とか下手とかがあるんだって!」

もう数えるのに両手では足りないほどしているのに。
『キス』って言葉の前に一瞬間が開いたのは、多分彼女がその単語を発するのに未だに抵抗があるから。

その恥ずかしさすら押しのけて…の、井上としては思い切って口にしたのであろう発言は、相変わらず突拍子もなくて。
俺は小首を傾げつつ答える。

「まぁ…よく言うよな、それ。それがどうかしたか?」
「わぁぁん!知ってたんだぁ!」

俺の目の前、真っ赤な顔であわあわとしている井上。
やがて手にしていたクッションに顔をばふっと埋めた後、彼女は伺う様に上目遣いでこちらをちらりと見た。

「…私、上手にできてる?」
「……は?」

俺の予想の遥か上を行く彼女の問い掛けに、俺は手にしていたマグカップを危うく落としそうになる。

「オマエ、何言って…!」
「わぁぁん、やっぱり下手かな?下手だよね?だって私、黒崎くんが初めての人で…!!」

そう言って、再びクッションを抱きしめじたばたする井上。
「いや…その…それって、普通は男が気にするモンじゃねぇの?」
「……へ?」

照れ隠しに、マグカップに残っていた珈琲をぐっと煽って。
俺が呆れ半分、けれどもう半分はかなりドキドキしながらそう言えば、井上はバタバタしていた両脚をピタリと止めて俺を見た。

「…そう…なの?」
「そりゃ、そうなんじゃねぇの?…第一、オマエからしてきたことなんか一度もねぇのに、上手いも下手もねぇだろ…。」

こんな話題で井上と会話することに、何となく俺まで恥ずかしくなって。

俺が手で口元を覆いつつそう言えば、井上は一瞬きょとんとした後、ぼんっと爆発した様に顔を赤くした。

「あ、あ、えっと…そっか…。」

そう呟いて、しゅうう…と鎮火していく井上を横目で確認。
そうして、そっぽを向いたまま今度は俺がぼそりと呟く。

「…で…、俺のはどうなんだ?」
「へ?」
「だから…井上にとって、俺のは上手いのか?下手なのか?」

俺だって、井上が初めてなんだから、下手だと言われても仕方がない。
現在も、目下修行中だ。

だけど、俺のキスをいつも両目をぎゅっと閉じて受け入れている井上の本音はどうなんだろう…なんて。気にならないなんて言ったら大嘘だ。

平静を装いつつ、その実心臓をばくばく言わせながら井上の答えを待てば、しばらく考え込んだ井上が、俺の服の裾をキュッと引っ張った。

「あの…ね?私は黒崎くんとしかしたことがないから、比べる人もいないし、よく解らないんだけどね?」

そう言う井上をちらりと見れば、俺を見つめる井上の顔は真っ赤で、けれど瞳は真っ直ぐでひたむきで。

「…でも…黒崎くんがキスしてくれた後はね…いつも、もう一回してほしいな…って思う…よ?」

その言葉に、思わず目を見開く俺。

だって何なんだ、このクソ可愛い生き物は。

「だから、その…んっ…!」

俺が高ぶった感情そのままに華奢な身体を抱き寄せ唇を塞げば、やっぱりぎゅっと目を閉じて俺を受け入れる井上。

やがて、彼女の唇の柔らかさを堪能した俺がそっと唇を離せば、ゆっくりと開く瞼の向こうには恍惚とした瞳。

「…で、やっぱり『もう一回』って思うか?」
「…うん…。」

真っ赤な顔で、こくりと頷く井上。

ああもう、上手いとか下手とかこの際関係ねぇだろう?

だって、俺は井上とキスしたくて、彼女もそれを望んでくれてるんだから。
…そんなことを頭の隅で考えながら、俺は再び井上の唇を奪った。











「…あのね、黒崎くん。」
「あ?何だ?」
「あのね、その…キスがね、上手とか下手とかあるって言ってたでしょ?」
「…まだその話してるのか?」
「あのね、もし黒崎くんがキス上手になりたいなって…練習したいなって思ったら…私で…してね?」
「…は?」
「…だから、その…他の人と…しちゃやだよ…?」
「…ばーか。」
「…だって…んっ…!」
「…オマエこそ、他の男にスキ見せんじゃねぇぞ。」
「見せないもん。」
「どーだか。今だって簡単に俺にキスさせたじゃねぇか。」
「黒崎くんだからだもん。私は、練習も本番も全部黒崎くんだけだもん。」
「…それ、練習と本番分ける意味あんのか?…まぁいいや。オマエ、本当に…。」
「え、なぁに?…んっ…!」
「…とりあえず、いっぱい練習しとくか。」





(本当に、クソ可愛くて困る…。)












(2014.05.24)
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