短い話のお部屋





《2月22日》




「いやぁ、黒崎サンは猫姿もなかなか男前っスね!」
「ニャニャー!」

ふざけんな、と叫んだ筈の声は、虚しくも愛らしい鳴き声に変わる。

「今日は2月22日、猫の日なんでしょう?つまり、皆さんで猫になる日。」
「ニャニャー!」

意味わかんねぇよ!
てか、本当に猫になるヤツなんてどこにいるんだ!

「夜一サンは折角だからってサッと猫になって散歩に行きましたがね。」

…いた…。

「ニャニャー、ニニャー!」

ふざけた薬飲ませやがって!とにかく、まずは人間の姿に戻せ!

そう身振り手振りで必死に訴える俺の首の後ろを、浦原さんが片手でヒョイッと摘まむ。

「自分も早く散歩に行きたいから外へ出せと?わっかりました~♪」
「ニ?ニニャー!」

へらりと笑った浦原さんは、俺を窓からポイッと投げ捨てるとピシャリと窓を閉めた。

「ニー!ニー!」

しばらくは窓をガリガリと掻いてみるが当然なんの反応もない。

「…ニ…。」

途方に暮れた俺が思い付いた、次の行き先は…。

俺は踵…もとい肉球を返すと、全力で走り出した。





ガリガリ、ガリガリ。

必死に引っ掻く、アイツのベランダの窓。すると、音に気付いたらしいアイツが、ガラス越しに俺をちらりと見てぱあっと顔を輝かせ立ち上がった。

「うわぁ、可愛い猫ちゃんだぁ~!」

井上が満面の笑みでベランダの窓をガラリと開ける。

「おいでおいで、いい子だね~。」
「ニャー、ニャニャー!」

手を差し出し、俺を手招きする井上。
俺が迷わずその手に飛び付けば、井上はくすぐったそうに笑った。

「うふふ、可愛い~!」

頼む井上、助けてくれ!

猫になった俺が思い付いたのは、井上の能力。
井上の双天帰盾なら、俺を元に戻せるかもしれない…そう思ったんだ。

「ニャー、ニャニャー!」

井上、俺だ!
オマエの力で元に戻してくれ!

部屋にぴょんと飛び込み、井上を振り返った俺は必死のジェスチャーで助けを求める。

…しかし。

「今日は可愛い猫ちゃんがいっぱい来てくれて、嬉しいなぁ~。」

そう言う井上をよく見れば、彼女の腕の中には。

「ニャー…。」

黒い髪…いや毛、鋭い目付きの小さな猫が心地良さげに抱かれている。

ル、ルキア…!?

「ね~、またお友達が増えましたね~っ。」

更にそう嬉しそうに言う井上の視線を追って部屋のラグの上を見れば、そこには。

「こっちの子は猫なのに眼鏡をかけてて、頭の良さそうなお顔してて。こっちの子は癖っ毛で前髪が長くて、何だかガッシリしてて…みんなみんな、かーわいい♪」

思わず目を見開き固まる俺。

い、石田にチャド…!

みんな猫になってんじゃねぇか!
浦原さん、どんだけ被害拡大させてんだ!
多分、みんな俺と同じことを考えてここに来たんだろうが…。

「さすが、今日は猫の日ですなぁ。可愛い猫ちゃんに囲まれて幸せ~!」

しかしながら、井上はこの状況に何の疑問ももたず、むしろ純粋に楽しんでいるらしい。

そして、井上の腕の中、唖然とする俺をちらり…と見たルキア(猫)は、ニヤリ…と笑い。

「きゃっ…!やん、くすぐったいよぅ!うふふっ…!」

俺に見せつけるかの様に、井上にスリスリと甘え始めた。

「……!」

な、俺の井上に何しやがんだルキア!
そういや最近井上と付き合い出した俺に「井上を返せ」とかしつこく言ってたな…てかそもそも井上はルキアのモンじゃねぇし!

俺の感情に勝手に反応して、フーッと逆立つ背中の毛。
それを見た井上は困った様に笑うとルキアを宥めつつ床へ下ろし…俺を抱き上げた。

「よしよし、どうしたのかな~?」
優しく俺を撫でる井上。
そして身体中で感じる柔らかさと弾力…!

や、ヤバい、これは…!

「はい、ぎゅ~っだよ!」
「…!」

パニック状態の俺にさらに押し付けられる特盛。

いやいやいや!何だこれ、何だこの迫力と破壊力!
井上、俺達まだ付き合い始めたばかりだし、こういうのは、その…い、嫌じゃねぇけど!
つか、極楽…?い、いやいや!俺はコンじゃねぇし!

俺がじたばたすればするほど強まる井上の腕の拘束。
ああもういっそ本能に流されてしまおうか…なんて思った、その時。

「…。」

突然ゆるむ腕の力。
何事かと顔を上げれば、俺をじっと見つめる井上の大きな瞳。
…そして。

「…黒崎くん?」

ぼんっ!

「うわっ!」
「きゃんっ!」

床に二人でべしゃりと潰れる。
…俺はどうやら、元に戻った。








「喜助、して奴らは?」
「あの薬は、誰かが自分だと気づいてくれれば元の姿に戻れるんスよ、夜一さん。」
「ほお。」






「な、何で俺だって…?」
「えと…何となく…かな?」

小首を傾げつつ、そう笑う井上。
戻れて本当に良かった…いや、もう少し特盛…何でもねぇ。




(2014.02.24)
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