短い話のお部屋
「見て、黒崎くん!」
彼女がそう言って、一護の前に差し出したのは。
10センチほどの、白い紙製の細い棒。
《Time is money》
「…えーと、それって、オマエがさっきまで食ってた…『30分おまかせキャンディ』とやらの、棒か?」
「そうです!ところが、なんとこれが!」
「…これが?」
「28分だったのです!」
…しばらく訪れる、静寂。
一護は、仮に自分が百歳まで生きたとしても、絶対にそんな時間を計ることはしないだろうと思った。
「これがなかなか、30分とはいかないのですよ。」
残された棒をまじまじと見ながら、そう言う織姫に、半ば呆れ気味の一護は、やれやれという顔で織姫を見やった。
「せっかくの美味しい時間、なるべく長くしたいのに…。いつか最長記録を出したいなあ。」
たかがアメ1つで大袈裟な、と一護は思わず小さく吹き出した。
「あ、笑った!黒崎くんだって、美味しい時間は長い方がいいでしょう?『時は金なり』ですぞ!」「それ、使い方間違ってねぇか?…まぁ、俺も美味しい時間は長い方がいいけどな。」
一護の含みを持たせたその台詞を、何の疑いもなく受けとる織姫。
「ね、そうでしょう?…っ?!」
一護に共感されて嬉しそうに言葉を発した織姫の唇は、突如重ねられた一護のそれによって塞がれた。
再び、しばらくの静寂。
一向に解放されない唇に、織姫は一護の胸元辺りのシャツをきゅうっと握りしめることで限界を訴えた。
やっと離れていく一護の唇。それはそのまま意地悪く『にっ』とつり上がって。
「…8秒。」
「…え…?」
「美味しい時間は長い方がいいんだろ?二人で最長記録目指そうぜ?」
一護の言わんとすることを漸く理解し、織姫はボンッと音がしそうなほどの勢いで真っ赤になった。
「あ、あ、あれは、そういう意味ではなくて…っていうか、無理、無理です!」
動揺そのままに、わたわたと手をふる織姫。「おんなじだろ?『美味しい時間』だぜ。…さっきのアメ、オレンジ味だろ、ちなみに。」
「あう、だって、恥ずかしくて息苦しくて、心臓に悪いよう…。」
…例えば、こんなやり取りができるこの瞬間だって本当は『美味しい時間』で、まさしく金では買えないモノ。
だからもう少しだけ苛めさせてほしい、と自分の腕の中で項垂れる織姫に一護は願うのだった。
(2012.9.12)