短い話のお部屋





それは、親からこの世界へやって来た子供への、最初のプレゼント。




《君の名は》




「ただいま~!おじいちゃん、ママと赤ちゃん来たよ!」
「お世話になります、お義父さん、遊子ちゃん、夏梨ちゃん。」

俺にそっくりの赤ん坊を俺の誕生日に産んだ嫁さんが、無事に退院した。
そして産後は、彼女の負担を減らすため、暫くは俺達家族4人ごと黒崎家の実家に世話になることになっていた。

「おお~!咲織ちゃん、いらっしゃい!ささ、おじいちゃんの熱~いハグを…ぐほっ!」
「俺の娘に触るな、ヒゲ達磨。」
「織姫ちゃん、自分のウチだと思ってゆっくり身体を休めてね!」
「ねね、早速赤ちゃん抱っこしてもいいかな?!」

既にやかましいウチの家族が、赤ん坊が1人増えたことで更に賑やかくなる。

玄関先でひと騒ぎした後、赤ん坊を取り囲みながら俺達は居間へと移動した。




「…で、お兄ちゃん、名前はもう決まったの?」

すやすやと眠る赤ん坊を、織姫がそっと部屋の隅のベビー布団に下ろす。

そしてソファに腰掛け団欒していると、遊子から当然の質問が飛んで来た。

「まぁ…何となく、かな。」
「え、決まってないの?!」
俺の曖昧な返事に、夏梨が驚いたように声を上げる。

「いや、簡単に言うなよ!名前って一生モノだぜ?!」
「一応ね、男の子だから一護くんから一文字と、あとお義母様から一文字貰ったら…っていうのが私の希望なんだけど、ね。」

俺をフォローする嫁さんに、遊子がきょとんとして問い返す。

「それでいいじゃない。咲織ちゃんの時もそれで即決だったし。何で悩むの?」
「それが…なぁ。」

俺は電話の横に置いてあるメモ帳を机に持ってきて、鉛筆を走らせた。

「俺の『一』とお袋の『真』を取ると…。」
「あ、『一真』て…『いっしん』って読むの?」
「何、父さんと同じ名前か!」
「…だから悩んでるんだろ、クソ親父。」
「ヒゲと同じ名前か…即、却下だね。」
「ええっ?!可愛い孫とお揃いの名前がいいぞ~!」

じたばたガキの様に駄々をこねるいい年したオッサン…うん、やっぱり却下だ。似てほしくない。

「…あのね、一護くん。」
「ん?」
「入院中に考えてたんだけど…『護』の方を貰ったらどうかな。」

おずおずとそう言う嫁さんに、家族全員の視線が集中する。

「一護くんは名前の通り沢山の人を護ってきたでしょ?」
そう言いながら、メモ用紙の2枚目に、嫁さんが書いたのは。

『真護』

「…この子にもそんな子になって欲しいなって…。」
「『真護』…『しんご』って読むんだな。」
「うん。どうかな。」
「織姫ちゃん、いいかも!」

遊子と夏梨の言葉に、織姫がにっこりと微笑む。
確かに、真(まこと)に…本当に大切なモノを護ることができる…そんな子になってくれたらいいよな。
…なんて思っていたら。

「ちょっと待て!じゃあ、これでもありだろ?!」

親父がメモ用紙の3枚目に書いたのは。

『心護』

「どうだ!読みは一緒だぞ?」

…まだ諦めねぇか、しつこいヒゲめ…。

「だから、お袋から一文字貰おうって言ってんだよ!」
「嫌だ嫌だ、父さんだって一文字ぐらい採用してくれよ~!」

いや、ここは引けねぇだろ、親として!
俺が決死の覚悟で口論を展開していると。

「じゃあ、赤ちゃんに聞けばいいんだよ!」
「へ?!」

俺と親父が声のした方を見下ろせば、そこには満面の笑みの咲織。

咲織は、名前の書かれた2枚のメモ用紙を両手に握り、てけてけっと赤ん坊の傍まで駆けていく。

…そして。

「こっちの名前がいい人、手を上げて~!」
そう言いながら、『心護』と書かれたメモ用紙を赤ん坊の前でばっと上げた。

しーん…。

いや、「はーい」とかって上げるわけないだろ、生後6日目の赤ん坊が…。
大人が全員心で突っ込みつつ、黙ってその光景を見守る。

「じゃあ、こっちの名前がいい人、手を上げて~!」

しかし、咲織がそう叫んで『真護』と書かれたメモ用紙をばっと上げた、その時。

「あう~。」

腰の辺りにあった赤ん坊の小さな手がふわりと持ち上がり、頭の横にポスッと落ちた。

…そう、まるで手を上げたかの様に…。

「そっかぁっ!赤ちゃん、こっちがいいんだぁっ!」

大人が全員驚きのあまり目を真ん丸くして呆然としている中、咲織だけがキャッキャッと大喜びしている。

…こんな偶然、ありか?

「どしたの?パパ、ママ!赤ちゃん、こっちがいいって!」

俺と嫁さんの顔の前でひらひらと踊る『真護』の文字。

「…そうね、本人が選んだなら間違いないわね!」

くすっと笑った嫁さんはそう言って咲織を抱き上げた。

この展開には、さすがの親父も黙るしかなく。



命名・『真護』




…どうか空から見守ってくれよな、お袋…。



(2013.09.07)
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