短い話のお部屋
9月3日。
今日はママの誕生日。
《バースデー・プレゼント2》
がしゃん、どてっ!
「うわああん!」
「パパぁ、しんくん泣いたよー!」
「またかよ?!」
パパがフライパンの火を止めてしんくんの側に駆け寄る。
「今度はどうした?!」「ころんだ~!」
しんくんは自分で並べた車のオモチャを自分で踏んで転んで泣いていた。
「…真護、自業自得だろ、泣くな!」
「うわああん!じごうじとくいやー!」
「意味分かってねぇのに泣くな!」
「…ひっく…ママは?」「ママはお出かけだ。」「うわああん!ママ~!」
「だから泣くなって!」
「真護(しんご)」って名前は、パパとパパのママから1つずつ字をもらってつけたんだって、ママが言ってた。
名前の通りしんくんは、パパそっくり。
髪はオレンジだし、顔も小さいころのパパと瓜二つなんだって。
でも、性格は全然似ていない。
パパはとっても強いのに、しんくんはとっても泣き虫で甘えん坊さんなの。
「ママに会いたい~!」
「じきに帰ってくるから我慢しろ!」
今日はママの誕生日。
いつもお仕事で忙しいパパが、今日は1日おうちにいてくれる。
パパがママに「何か欲しいものはあるか」って聞いたら、「1人でゆっくりお出かけする時間が欲しい」って言ったんだって。
3歳になるしんくんとママはずっと一緒だし、私もしんくんに負けないくらいママにぎゅうってくっついて離れないから。
だからママは今日は1人でお出かけ。
たつきちゃんとお買い物に行くんだって嬉しそうに出かけて行った。
それで、私とパパとしんくんでお留守番してるんだけど。
「うわあん!」
「今度は何だよ!」
「パパがこわい顔~!」「………。」
パパは苦戦中です。
でもね、おじいちゃんが言ってたよ。
パパがしんくんぐらいだったころ、パパもしんくんみたいに泣き虫で、ママにいっぱい甘えてたんだよって。
ママが大好きだったんだよって。
「やっぱり親子、そっくりだな!」っておじいちゃんはガハハって笑った。
「…ねぇ、しんくん。」
「ふぇ…なぁに?」
涙を目にいっぱいためたしんくんが振り向く。
「ママのこと、好き?」
「好き!」
「じゃあ、ママにいっぱい喜んでもらえるように、お部屋の飾りつけがんばろうよ。ね?」
「…うん、がんばる。」
しんくんがぐしぐしって涙をふいた。
今日はママの誕生日だから、ママがお出かけしてる間にこっそりお祝いの準備。
机にはおっきなケーキがあって、パパが頑張って作った料理が並んでる。
お部屋は私としんくんで飾りつけした。
ママへのプレゼントは、可愛いお洋服。
ママがお風呂に入っている間に、パパと私としんくんの3人で注文したんだよ。
パパが、パソコンで調べて。
私がたくさんあるお洋服の中からママにいちばん似合うのを選んで。
最後にしんくんが「注文」のところをクリックして。
しばらくして届いたお洋服はおうちに隠すと見つかっちゃうからって、今日までパパの車に隠しておいた。
「でも、ママもお洋服買って帰ってきたら、どうしよう?」
ちょっと心配になってパパに聞いたら、パパがクスッて笑った。
「そうだな。…けど、ママはきっと買い物で咲織と真護とパパの物ばっかり買って帰ってくると思うよ。」
「ママの誕生日なのに?」
「そ。だって、ママだからな。」
パパがそう言って私の頭をくしゃっとなでてくれた、そのとき。
「ただいまー!」
玄関のドアが開く音と大好きな声が聞こえた。
「ママ~!」
その瞬間、もうしんくんは走り出していて。そのままママにものすごい勢いでダイビング。
「ママ、おかえり~!」
「ただいま、真護!」
私だって負けないもん!
「おかえりなさい、ママ!」
「ただいま、咲織!」
私もママに飛びつく。
そしたらママは二人まとめてぎゅうってしてくれた。
柔らかくて、いいにおい。
「おかえり、織姫。」
「ただいま。今日はありがとう、あなた。」
最後にパパがやってきて、私としんくんごとママをぎゅうってした。
「きゃっ!い、一護くん…?!」
「…俺も負けていられませんから。」
大好きなママ。
優しくて可愛くて、ちょっとドジで、いつもニコニコ笑ってるママ。
私もしんくんもパパも、ママが大好きなの。
パパがパパのママを大好きだったみたいに。
「…あ、そうだ!見て、咲織と真護の新しいお洋服買ってきちゃった!すっごく可愛くてペアルックなの!あとね、一護くんのワイシャツとパジャマも新調して…!」
デパートの紙袋をがさがさしながらそう言うママに、私とパパは顔を見合わせた。
「…な?」
「ほんとだ。」
「え?なぁに?」
きょとんとするママ。
やっぱりプレゼントはお洋服でよかったよ。
(2013.09.03)