短い話のお部屋
「はい、パパ!おたんじょうびおめでとう!」
それは、7月15日の昼下がり。
《バースデー・プレゼント》
「…ありがとな、咲織。」
「うん!」
満足そうに大きく頷いて、ぴょこぴょこと嫁さんの方へ跳び跳ねていく俺の娘。
俺は満面の笑顔と共に差し出されたその画用紙に目を落とす。
そこにクレヨンで大胆に描かれているのは、多分…いや、間違いなく俺。
去年の絵と比べれば、目・鼻・口のパーツがちゃんとあるし、書きなぐられたようなバッキバキのオレンジ色も、まぁ俺の髪を適切に表現してると言えなくもない。
絵の横に添えられている『ぱぱだいすき』の文字も、『ぱ』と『す』は鏡文字になってはいるが、4歳なら大したもんだ。
…つーか、我ながらすげぇ親バカだな俺…。
そう思いつつも、その絵を早速、リビングの壁に飾る。
食卓では、チョコケーキを中心に嫁さんが手料理を並べていて。
「その絵、一護くんにそっくりだよね!」
予定日間近の大きくなったお腹を擦りながら、にっこりと笑う織姫に頷き、俺は跳び跳ねていた咲織を椅子に座らせた。
「パパ、お誕生日、うれしい?」
嫁さん譲りの笑顔で、咲織が俺を振り返る。
「ああ、嬉しいよ。」
…一つ歳を取ったということが、ではなくて。
俺の誕生日に珍しく仕事が休みで、こうして嫁さんと娘に囲まれて祝ってもらえることが、素直に幸せだと思う。
来年の誕生日には、家族がもう1人増えているんだな…と思えば、尚更。
「おなかの中の赤ちゃんも、パパにおめでとうってゆってるよ!」
「…きっとそうね。」
咲織の微笑ましい発言に、嫁さんがクスクスと笑う。
「パパ、お誕生日に赤ちゃんがうまれたら、うれしい?」
これまた嫁さん譲りのくりくりっとした目で、咲織が俺に問いかけた。
「…ああ、そうだな。今日産まれてくれたら、出産に立ち会えるしな。誕生日もお揃いだ。」
「じゃあ、頼んでみるね!」
そう言うと咲織は椅子から跳び降り、嫁さんのお腹に向かって話しかけ始めた。
「ねぇ赤ちゃん、もうでておいでよ!」
そして、大きなお腹に耳をぴったりとくっつけて。
「…うん!まってるね!」
そう言うと、満足そうにうんうんと頷いた。
「赤ちゃん、もうすぐお外にくるって!」
「そっか、そうだといいな。そしたら、それが最高の誕生日プレゼントだ!」
…まあ、そう上手くいく訳ないけれど。
こういう天然かつ天真爛漫なとこも、嫁さん似だよな…と思いつつ咲織を再び椅子に座らせ、俺達は食事を始めたのだった。
…テーブルの上の食事が綺麗に片付いた頃。
キッチンで皿を洗う嫁さんの鼻歌を聞きながらソファーに腰掛け、咲織を膝に乗せて一息つく。
そして何気に先程飾った咲織の絵に視線をやれば、一ヶ所不自然なところに気が付いた。
…顔の下、恐らくは身体の部分であろう場所が、左半分は真っ白、右半分は真っ暗に塗られているのだ。
「なぁ咲織。パパの服、なんで白黒半分ずつなんだ?」
あんなデザインの服、持ってないよな…と思いながら尋ねれば。
「うんとね、白いのはパパが毎日いく『おしごと』だよ!黒いのは、ときどきいく『おしごと』!」
にっこり笑った咲織はそう言うと、てけてけと嫁さんのいるキッチンへ走っていった。
1人ソファーに残った俺は、顎に手を当て思考を巡らす。
…白い服は、多分白衣だ。つまり、医者の仕事を指してるんだろう。
…じゃあ、黒い服で、『時々行くお仕事』ってのは…。
まさか…見えてるのか…?
今まで咲織の『不思議発言』は、嫁さん譲りの天然な性格と幼さからだと思っていたけれど…。
何と言っても俺と織姫の子供だ。『そっち』の力があっても何ら不思議はない。
そこまで考えると、俺は居ても立ってもいられずキッチンへ向かった。
「なぁ、織姫…。」
けれど、俺がそこで目にしたのは、キッチンでうずくまる嫁さんと、心配そうに寄り添う咲織。
「お、織姫?!」
「…い、一護くん…。」
綺麗な顔を苦しそうに歪めている嫁さんに、急いで駆け寄る。
「どうした?!」
「あのね…来たかも…陣痛…。」
「…な?!マジか?!」
慌てる俺の前で、咲織は織姫のお腹をよしよしと擦る。
「パパ、ママ。赤ちゃん、もうでたいって。」
「げ!も、もうちょい待てって言っとけ!病院行くぞ!」
「赤ちゃん、もうちょっとまってってパパがゆってるよ~。」
…そうして、3時間後。
俺と咲織が立ち会う前で産まれて来た新しい命は。
俺と同じ誕生日の、俺と同じオレンジ色の髪をした男の子だった。
…それは痛みに耐えた織姫と、精一杯の力でこの世界に出てきた赤ん坊と、赤ん坊に今日産まれる様に話しかけた咲織、3人からの。
俺の人生で最高の、誕生日プレゼント…。
(2013.07.15)