短い話のお部屋






…星の綺麗な夜。アパートの窓からのんびり夜空を眺めていたら、流れ星の様に近付いてくる、小さな一つの影。





《膝枕》


「井上、邪魔するぞ!」
「…あ、朽木さん!」

アパートの窓を扉代わりに部屋に入って来た朽木さんの顔を一目見て、私はなぜ彼女がここに来たのかすぐに分かった。

「…恋次くんと、喧嘩したの?」
「喧嘩ではない!恋次のヤツが、他の女に鼻の下を伸ばしているから…!」

喧嘩するほど仲がいい、とよく言うけれど。
朽木さんは、恋次くんとの間に何かあると、よくここへ来て愚痴を言う。
そして一通り話すと満足して、「今回は大目に見てやるか」とか言いながら帰っていく。
結局、朽木さんの恋次くんへの気持ちは揺るがないから、私の役目は相槌を打って話を聞くことだけなんだけど。

「まあ、とりあえず座って、朽木さん。」

何か甘いものが冷蔵庫にあったかな…そう思ってキッチンに行こうとしたら、玄関の向こうに大好きな人の霊圧、鳴らされるチャイム。

「…黒崎くん?」

私がドアを開けると同時に、オレンジ色の頭が私に向かって倒れこんできた。

「わひゃあっ?!」
「…飲み過ぎた。」

何とか受け止めた黒崎くんの身体はいつもより熱くて、呼吸からは強いお酒の匂い。
そう言えば、今日は医学部で飲み会があるって言ってたっけ…。

「もう帰るの面倒くせぇ…今日は泊めてくれ…。」

私の背中に回された手にぎゅうっと力が入る。

「あの、それはいいんだけど、その、朽木さんがね…。」

背中にひしひしと感じる朽木さんの視線。
けれど、黒崎くんは一向に手を緩めてくれない。

「あの、朽木さん、ちょっと待っててね。ほら、黒崎くん、お布団に行こう?ね?」

朽木さんの目の前で気まずさいっぱいになりながら、必死に黒崎くんを説得。
黒崎くんが何とか自分の力でふらふらと歩くのを支えて、布団までもうすぐ辿り着く…と思ったそのとき。

「布団は…まだいい。」
「ほえ?…きゃああっ!」

黒崎くんが物凄い力で私を床に座らせる。
そして、私の膝にごろんと頭を乗せて、吸い込まれる様に眠り始めてしまった。

「あの…えっと…。」
「井上、そのオレンジ頭、中身も大してないくせに重いだろう?蹴り飛ばしてやろうか?」
「えええっ?!だ、大丈夫だよ!このままで全然平気だから!」

呆れた様に黒崎くんを見下ろす朽木さん。
でも、私にとっては心地よい重みと温もり。

「黒崎くんね、酔うとちょっとだけ甘えん坊さんになるんだよ。って言っても、黒崎くんはお酒強い方だから、こんなに酔うことは滅多にないんだけどね。」

オレンジの髪を撫でても、ぴくりとも動かない黒崎くん。
私の膝で安心して眠ってくれることが、素直に嬉しい。

「…一護め、幸せそうにしおって…。」
「恋次くんだって、もし朽木さんに膝枕してもらったら、きっと幸せそうな顔をするよ。鼻の下だって、のびのびに伸びちゃうぐらいに、ね。」
「…そ、そうか?」

私の言葉に、朽木さんの表情が照れつつも柔らかいものに変わる。

「…言われてみれば、井上も幸せそうだな。」

朽木さんにそう言われて、ぽっと熱くなる私。
無意識の間に顔がにやけていたんだろうなぁ。
でも…。

「黒崎くんに甘えるのも幸せだけど、たまにこうして甘えてもらえるのも…幸せだよ。」

私の素直な気持ちを言葉にしたら、朽木さんは納得したように大きく溜め息を一つついた。

「成る程な。井上達を見ていると、頷くしかないな…。」

朽木さんは突然すっくと立ち上がると、晴れ晴れした顔で窓に足をかける。

「…え、朽木さん、もう帰っちゃうの?」
「一護がここに泊まるなら、私は邪魔であろう?それに、上手くは言えんが何となくすっきりしたのでな!」

そう言うと、朽木さんの姿はあっという間に夜空に消えていった。
…もしかしたら、恋次くんも近いうちに朽木さんに膝枕してもらえるかもしれないね。
そう考えて、思わず一人でクスクス笑う私。

「心配しなくても、恋次くんには朽木さんだけに決まってるのにね?」

そう膝で眠る黒崎くんに話しかけると、返事がわりにふいに私の膝をぽんぽんと叩く、大きな手。

「おう…、俺には井上だけだから、心配すんな…。」

寝惚けた声でそれだけ言うと、黒崎くんは子供みたいにまた眠ってしまった。

…そう、黒崎くんは酔うと普段では言ってくれない様な言葉を私にくれたりするのです。

「会話は噛み合ってないけど…ありがとう、黒崎くん。」

本当は早くお布団で黒崎くんを眠らせてあげるべきだってわかっているけど、もう少しだけこの幸せを味わっていたいから。
…膝枕、させてね。



(2013.01.17)
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