短い話のお部屋






「なぁなぁ、よく一緒に歩いてる女の子って、黒崎のカノジョ?」





《驚くべきカノジョ》


…桜咲く、4月。
大学に入学して、少しずつ新しい生活にも慣れてきた。
同じ学部に新しい友人も何人かできた。

…その友人からの唐突とも言える質問に、俺は内心どぎまぎしながら平静を装って答える。

「…まあ、そうだけど…。」

井上と付き合いだしたのはほんの少し前。
俺自身が「カノジョ」という響きにまだ慣れていない。

「やっぱりそうかあ~!」
「何、黒崎のカノジョこの大学にいるのか?!」

別のダチが、興奮気味に話に加わってくる。

「それがさ、遠目から見ただけなんだけど、かなり可愛いんだよ!な、黒崎?」
「マジ?!」

俺の横で勝手に盛り上がる友人達。

「なあ、俺達に紹介してくれよ!別に狙ったりしないからさ、な?!」
「…まあ、いいけど…。今日は一緒に昼飯食う約束してるから。」

手を合わせて頭を下げる友人に、俺は渋々承諾の返事を返した。
正直、まだ秘密にしておきたい気持ちもあったけど。
これから長い付き合いになるであろう友人達に、井上を隠し通すのは難しいと判断したからだ。

「じゃあ、昼飯は俺の友達も一緒だからってメールしとくよ。」
俺はケータイを取りだし、手早くメールを打つ。そして、ふとその手を止めると、友人達にちらりと視線を送った。

「…けど、多分、驚くぜ?」
「何だよ、驚くほど可愛いってのか?黒崎って意外とのろけるタイプなんだな~!」
「そうじゃねぇって…。」

今から昼飯が楽しみで仕方ないといった友人達に、俺は小さく溜め息をついた。





「よう、井上、こっちだ。」
「あっ、黒崎くん!お待たせしました!」

学食の食堂に先に着いていた俺達の元に、胡桃色の髪を揺らしながら駆け寄る井上。
その井上を、鼻の下を伸ばして見る俺のダチ。

「えっと、こいつらがさっきメールした友達な。」
「あ、はい!井上織姫です!よろしくお願いします!」

ぺこり、とお辞儀をする井上に、男達もつられて頭を下げる。

「さ、混む前に昼飯選んじゃおうぜ。」
「うん!今日の定食は何かな~?」

俺は井上を連れて食事を乗せるトレイを2つ手に取り、セルフサービスになっているカウンターから手頃な料理を取り始めた。

「な、な、俺、マジで驚いたよ!黒崎のカノジョって、そこらのアイドルより可愛いじゃんか!」
「つか、何気に胸もでかくないか?性格も良さそうだし…羨ましいぜ、畜生!」

俺にだけ聞こえるように声のトーンを落とし、興奮しながらそう言う二人に、俺は照れ臭さもあって「まぁな」とか曖昧な返事を返す。

「井上、Bランチでいいか?」
「はい!わーい、美味しそう!」

俺は腕の中にある2つのトレイに二人分の定食を置いた。
そうして順次会計を済ませ、テーブルに四人でつく。

「…あれ?」

漸くダチの一人が普通と違う状況に気付いた。

俺の持っていたBランチのうちの一つは、当然井上に差し出される。
しかし、井上の目の前には、彼女自身がチョイスしたサラダやデザートなどのサイドメニューがずらりと乗ったトレイが既にあるわけで。

「え…と、井上さん…?まさか、それ全部?」
「はい!いただきま~す!」

信じられないと言った顔で井上の前に並ぶ料理を指差すダチに、井上はにっこりと笑って答えると両手をぱちんと合わせて食事を始めた。

「ま、マジで?!」
「いや、これいつもより少ないから…。さては、間食したな?」
「えへへ、バレましたか…実は1限が終わった後にこっそりパンを…。」

そう話しながら、次々に消えていく井上の目の前の料理。
ダチ二人は、唖然としてその光景を見守っている。

「…な?驚いたろ?」

そう言う俺に、二人は黙って首を縦に振った。

「黒崎のカノジョって、いろんな意味ですげぇな…。何であの体型キープできてんだ?」
「もしかしてオマエが医者を目指すのって、サラリーマンじゃカノジョを養えないからか?」

ぼそぼそと俺に耳打ちする友人達に気付かず、井上はそれは幸せそうに定食を口へ運ぶ。
さっきまで唖然としていたくせに、ふと顔を上げた井上に極上スマイルを投げ掛けられれば、再びでれでれっととろけるダチ二人の顔。

…まあ、気持ちは解らないでもないけど。

あの花のような笑顔をずっと隣で見ていたいと願ったのは、他でもない俺だから。

「黒崎くん、食べないの?お腹いっぱいなら、私もらっちゃうよ?」
「え、まだ入るの?!」
「ま、マジ?!」

…ただ、もうちょっと少食になってくれねぇと、将来井上を養うのは確かに大変かも…。




(2013.01.14)
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