短い話のお部屋





《すきやき》




今日は1月1日。
私は友達と一緒に、初詣に来ている。
空座の神社はお昼過ぎにも関わらずそれなりの人がいて、お詣りするのに10分ほど並んだ。

「ね、ね、たつきちゃん!次はおみくじ引こうよ!」
「はいはい、織姫。勝手に行くと迷子になるよ!」

子供みたいにはしゃぐ私に、たつきちゃんがしょうがないなって顔で付き合ってくれる。

だって、嬉しくてしょうがないの。
1月1日に、ひとりぼっちでいなくて済むから。
…それに。

「いやあ、元日から井上さん達に会えるなんて、今年はいい年になりそうだなぁ!」
「オマエはいっそ、迷子になれ、啓吾。」

振り返ってちらりと見る、黒いコートにオレンジの髪。
1月1日に黒崎くんに会えるなんて、なんて幸せ。

「…そう言えば織姫、願い事は何にしたの?」

おみくじの列に並びながら、たつきちゃんが尋ねてきた。

「…え?えっと…。」

答えに詰まり、代わりに顔がぽぽっと赤くなる私に、たつきちゃんがにやっと嬉しそうに笑う。

「んん~?さ、織姫、親友のアタシに正直に教えなさい?」

ずいっと迫ってくるたつきちゃんに、咄嗟に誤魔化すのが苦手な私は、思わずぽろりと。

「あのね、す、すき…。」

『好きな人と、少しでも長い時間一緒にいられますように』っていうお願いだったんだよ、って漏らしそうになったその時、すぐ後ろに大好きな霊圧を感じた。
びっくりして振り返ると、後ろには黒崎くんや浅野くん達が。

「井上さん、『すき』の続きは?是非是非僕ちゃんに聞かせてほしい…ぐはっ!」
「うるせえ、啓吾。」
「…デリカシーの欠片もないね、本当に。」

そんな男の子達のやり取りに、私が咄嗟に思い付いた精一杯の誤魔化しは。

「あの、えっと、すき…すき焼きがお腹いっぱい食べられますようにってお願いしたの!」

…その瞬間、冷たい風が吹き抜けて、唖然とした皆の顔が目の前に並んだ。

「ああっ!ち、違うの!昔はお兄ちゃんと毎年二人で1月1日にすき焼きを食べてたんだけど、今は1人だから食べられなくなっちゃって…。」

慣れない言い訳はしない方がいいって、私はこのあと痛感。
…だって今度は皆が申し訳なさそうな、悲しそうな顔になってしまったから。

「あ、あの、だからね、今日は皆と初詣に来られて嬉しかったよ!あ、おみくじの番が来たよ、ほらほら!」

助け船の様に来た、おみくじの順番。
初詣でいきなり大失敗してしまった私が落ち込みつつ引いたおみくじは。
…予想外に、「大吉」だった。




そうして。
あっという間に、皆とお別れの時間。
浅野くんや小島くん、たつきちゃん…と家に近くなった人から順番に手を振ってバイバイした。

…ここから先、ちょっとだけ二人きりでいられる。
彼の隣を歩きながら束の間の幸せに浸っていたけれど、あっという間に黒崎くん家と私のアパートへの分かれ道。

「…じゃ、じゃあね!黒崎くん!今年もよろしくお願いいたします!」

わざと力一杯お辞儀をして、黒崎くんともバイバイしようとしたら。

「…あのさ、井上。」

黒崎くんが思い切ったように言葉を切り出した。

「…なあに?」

小首を傾げる私に、黒崎くんが頭をガリガリっとかきながらぼそぼそっと言った。

「…あのさ、俺んちも、毎年1月1日はすき焼きなんだよ。」
「…ほえ?」
「だから、その…ウチに今から来れば、食えるぜすき焼き…。」

黒崎くんの言わんとすることがだんだん解ってきて、私の体がどんどん熱くなっていく。

「でも、いきなりお邪魔したらご迷惑だし…!しかも、1月1日なのに!」
「まあ、ウチは『質より量』だから、安い肉しかねぇけど、それでよければ…つーか、そのつもりでもう遊子に電話しちまったからよ…。」

照れ臭そうにそっぽを向いてそう言う黒崎くん。じわじわと沸き上がってくる、泣きたいぐらいあったかい気持ち。

さっき引いたおみくじの「大吉」の文字が脳裏に浮かんだ。
本当だ、いきなり死んじゃいそうなくらい幸せなことが起こっちゃった…!

「さ、行くぜ井上。俺、腹へった。」
「は…はい!」

夕日でオレンジ色に染まる道を、彼と一緒に歩き出す。


「ねぇ、黒崎くん。黒崎くんは、どんなお願いをしたの?」
「…ん?あ、まあな…一応、お詣りはしたけど、結局は自分で動かなきゃ叶うもんも叶わないからな…。」
「わ、偉い!黒崎くんは努力家ですな!」
「…だからとりあえず、今日その一歩を踏み出してみたんだけどよ…。」
「…?」
「いや、いいや伝わってねぇなら別に…。」




(2013.01.01)
14/68ページ
スキ