短い話のお部屋
《彼女の最強兵器》
二人が歩く河原が柔らかなオレンジに染まる夕暮れ時。
一護と織姫は長い影を踏みながら、いつものように学校帰りの道を歩いていた。
しかし。
「…だから、井上はもう少し警戒心を持ってだな…。」
会話の中身は、例によって一護の説教。色んな意味で無防備極まりない織姫に、一護の心配性は日に日にエスカレートしていた。
「大丈夫だよ、黒崎くん!いざとなったら、たつきちゃん直伝の空手でやっつけちゃうから!」
しかも、当の織姫は実にあっけらかんとしている。
いつも一護の話は右から左へと流されてしまうのだった。
「井上のパンチなんか、その辺の男にはききゃしねぇよ。」
「む!そんなことないですぞ!たつきちゃんにも『筋がいい』って言われたんだもん!」
ぷうっと頬を膨らませ反論する織姫を前に、一護は一つの策略を思い付いた。
一護は、突然織姫が左手に持っていた鞄を奪うと、自分の鞄とまとめて右手に納める。
そして、左の手の平をきょとんとしている織姫に向けた。
「な、なぁに?黒崎くん。」
目を丸くする織姫に、一護はにっと笑って。
「勝負しようぜ。井上が一発でも俺に入れればオマエの勝ち。一発も入らなければ、俺の勝ち。…どうだ?」
「え?え?でも…。」
突然の一護の提案に戸惑う織姫だったが。
「もし俺が勝ったら、井上はちゃんと俺の言うことを聞く。もし井上が勝ったら、甘味処であんみつおごってやるよ。」
「あ、あんみつ?!」
賭けの商品に一気にテンションの上がった織姫は、両手を構えて戦闘体勢に入った。
「黒崎くん、片手でいいの?」
「ったりまえだ。ハンデだよ、ハンデ。」
左手でちょいちょいと挑発する一護に、織姫はパンチを繰り出した。
「えい、えい!」
何とも可愛らしい掛け声と共に、織姫の右手と左手が交互に一護目掛けて繰り出される。
しかし、一護は余裕の表情でパシパシと音を立てながらそれを左手一つで受け止めた。
「伊達に、鍛えてねぇからな。」
「ううっ、まだまだだもん!」
流石に死神業で鍛えた反射神経や体力は半端ではない。
織姫がいくら拳を突きだそうとも、一護の掌に吸い込まれるように納まってしまう。
「ちょっとスピードが足りねぇな。」
「た、たつきちゃんにも同じこと言われたけど…なんか上手く手が出せないんだもんっ。」
はあはあと次第に上がっていく織姫の息。頬もすっかり赤く染まっている。
一護は勝利を確信しながら、織姫がパンチを繰り出す様子を改めて見た。
決着がついたら、アドバイスの一つもしてやろう…そんな軽い気持ちで腕の動きを見ていた一護。
しかし。
彼は不覚にも、気付いてしまったのだ。
…織姫が腕を出す度に揺れる、二つの膨らみ。
彼女のチャームポイントの一つとも言える豊かな胸が、腕を出すタイミングでぷるんっと激しく動く様に、一護の目は釘付けになった。
(も、もしかしてコイツ、胸がデカすぎてパンチを出すのに邪魔してるのか…?!)
その瞬間。
ぼくっ。
「ぐっ!」
「あ、当たった!」
織姫の右拳が鈍い音を立てて一護の腹筋に命中した。
まさか当たるとは思っていなかった織姫の方が、びっくりした表情を見せる。
「…ってぇ…。」
「だ、大丈夫?黒崎くん!」
眉間に皺を寄せる一護の顔を、織姫が覗き込む。
「だ、大丈夫だって。ただ、油断した…。」
一護の鍛えた腹筋は確かに織姫のパンチでは大したダメージを受けなかった。
しかし、織姫の胸の揺れによる精神的ダメージはかなりのもので。
気まずさを隠す様に直ぐにいつもの顔に戻った一護に、織姫もほっと安堵する。
「じゃ、じゃあ約束したし…早速甘味処へ行くか?」
「本当?!わーい、あんみつー!」
一護の心の内など露知らず、ぴょんぴょんと跳び跳ねて子供の様に喜ぶ織姫。
一護は後ろめたい気持ちから思わず苦笑いした。
(つーか、パンチよりあの胸の方が最強兵器だって…。)
(2012.10.17)