短い話のお部屋
秋晴れの空。
はためく万国旗。
聞こえるのは、賑やかな歓声。
《うんどうかい》
小さな小さな子供達が、ゴールテープを目指して一斉に走り出した。
その中に、抜きん出て脚の速い女の子が1人。
親達の歓声の中、断トツの一番でテープを切ったのは、胡桃色の髪の女の子だった。
「いっちばーん!!」
その子は退場門で待つ母親を見つけると、満面の笑顔で駆け寄る。
「ママ、見てた?!いちばんだったよ!」
「うん、すごいすごい!パパもちゃんと見ててくれたからね!」
ぎゅうっと我が子を抱きしめてそう言う母親の髪もやはり胡桃色。
二人は手を繋いで応援席で待つ父親の所へと急いだ。
「パパ~!!見てた?!さおる、いちばんだったよ!」
「おう、さすが俺の娘だな!」
レジャーシートに座っていた己の腕の中にそう言って飛び込む咲織を、軽々と受け止める一護。
「咲織、かけっこはいつも一番だもんね。」
娘の次の出番まで一休み、と織姫も隣に腰を下ろした。
「さ、咲織!おじいちゃんのところにもおいで~!」
「うるせぇ、俺の娘に気安く触るなヒゲ!」
「おじいちゃん、かけっこ、さおるがいちばんだったよ!」
「おお、見てたよ!可愛い可愛い織姫ちゃん似の咲織ちゃん!」
どつきあう一護と一心の間でニコニコと笑う咲織を、織姫もまた笑顔で見守っている。
その2つの笑顔は、誰が見ても一目で親子だと分かるほど、まさしく瓜二つだった。
一護と織姫の間に産まれた娘、咲織(さおる)。
名前は母親の織姫と一護の母親真咲から一文字ずつもらった。
胡桃色の髪を持って産まれてきたその子は、この世に生を受けた瞬間から織姫似だった。
しかし四歳になる今、容姿のみならず仕草や言葉遣いなどまでがますます母親に似てきている。
仕事で忙しい一護は正直子育てに十分関わることが出来ず、育児を織姫に任せっきりにしているのだから当然と言えば当然なのだが。
それでも、二人を昔から知る友人達は、口を揃えてこう言うのだった。
『…この子、本当に一護の遺伝子入ってるの?』
それが一護にはどうにも不服であった。
しかし。
今、目の前で娘が見せた走りは、おそらく織姫譲りではない。
織姫とてかつては一緒に戦場に立ったのだから、運動が苦手な訳ではないのだろう。
だが、そもそも彼女の性格が競争遊技には向いていない。彼女は後ろから人が走ってくれば、道を譲るタイプだ。
ついでに言うなら、胸も走るには邪魔そうだし…などと余計なことを考えて、一護は人知れずコホンと咳払いを一つした。
「どうしたの?パパ。」
くりくりとした目で自分を見上げる咲織の頭を、一護はぐしゃぐしゃっと撫でる。
「パパ、さおるがいちばんになって、うれしい?」
ほやほやっとしたやはり織姫譲りの笑顔でそう言う咲織に、一護はにかっと笑う。
「ああ、嬉しいよ。」
咲織の脚が速いのは、絶対に俺似だからな…と一護は心で呟きながら、咲織をぎゅうっと抱きしめた。
その光景をクスクスと笑いながら見ていた織姫は、お腹にそっと手を当てる。
「…パパとお姉ちゃん、仲良しさんね。もうすぐ、ここに仲間入り出来るからね…。」
二人に聞こえないようにそう自分のお腹に囁く織姫。
そう、一護はまだ知らなかった。
実は織姫のお腹に、既に新しい命が宿っていることを。
そして、産まれてくるその子は、オレンジ色の髪を持った自分に瓜二つの男の子であることを…。
(2012.10.14)