それはイタズラじゃなくて






時計の針が9時半を回ろうかという頃。

隣の部屋がやけに静かになったな…とベッドに転がりながら思っていたら、ドアがコンコンと控え目にノックされた。

「おう、開いてるぜ。」

俺は明らかに不機嫌な声で返事を返した。
遊子にしてはちゃんとノックするなんて、感心だ…などと考えていたら、遠慮がちに開かれたドアの向こうには。

「お…お邪魔します。」
「い、井上!」

弾かれた様にベッドから起き上がる俺。
井上は少し迷った様な素振りを見せたが、そのまま俺の横に腰を下ろした。
ギシッ…と二人の体重でベッドが低い音を立てる。

「えっと…やっとこっちに、来られました。」

少し困った様な笑顔で、井上がそう言った。

「あの、ち、違うよ?勿論、遊子ちゃんや夏梨ちゃんと一緒にいるのも本当に楽しいんだよ?!妹ができたみたいで!…でも、ね。」

きゅっ…と控え目に、井上が俺のTシャツの裾を掴む。

「…やっぱり、黒崎くんと一緒にいたいなあっ…て…。」

そう、恥ずかしそうに俯く井上を、俺は我慢できずに抱き寄せた。

「く、く、黒崎くん?」
「…悪いかよ…。」
「…悪くない、です…。」

慌てる井上をぎゅっと抱き締める。
初めは強張っていた井上の体も次第に力が抜けていき、ゆっくりと俺に身体を預けてきた。

「…確かにさ、遊子も夏梨もああ見えて母性に飢えてるだろうからさ。オマエについ甘えたくなるんだろうけど…。」

ほうっ、と一つ息を吐き出す。
腕の中にある温もりに、漸く満たされる俺の感情。

「オアズケは、キツいな…。」
「く、黒崎くん…。」

俺の肩に埋めていた頭をおずおずと持ち上げ、上目遣いでこちらを見てくる井上。
ああ、そう言う表情や仕草がヤバいんだって、いつになったら自覚するんだコイツは。

俺は井上に見つからないようにニッと笑い、井上の顔を覗きこんだ。
…そして。

「Trick or Treat!」
「ふえ?…え?え?」

俺の突然の投げ掛けに、井上が目を丸くする。わたわたとワンピースのスカートをポンポンと叩くが、当然お菓子など都合よく入っている訳もなく。

「え、な、何にもないよう…。」

困った様に、眉を八の字に曲げる井上。
俺だって、お菓子なんざ初めから期待していないしな。

「じゃあ、『イタズラ』だな。」
「え?んっ、んんっ…!」

井上の柔らかい唇を、俺のそれで塞ぐ。
さっきまで放置されていた分を取り返すかの様に、長く、深く。

「…ん…っ、んーっ…!」

息が上手く出来ないのか、俺の背中にぎゅっとしがみついてくる井上に、俺は仕方なく唇を離してやった。

「…はっ、はあっ…。も、もうっ!」

顔を真っ赤に染めた井上が、再び俺の肩に顔を埋める。

「何だよ、いいだろ?別に…。」

つーか、二人してベッドにいるこの状況で、この程度で我慢できている俺を誰か褒めてほしいぐらいだ。

「こういうのは、『イタズラ』って言わないもん…。」
「じゃあ、何て言うんだ?」

俺の肩に顔を埋めたままぽそっと小さく反抗する井上。
俺がそう尋ねると、困った様に、うーんと小さく唸って。

「…い、イジワル…かな…?」

小首を傾げてそう言う井上の仕草が、これまた俺を煽りまくる。
これが無意識なんだから、本当にタチが悪い。

「じゃあ、今度こそイジメてやるよ。」
「ひゃああっ、ごめんなさい、ごめんなさいっ!く、くすぐったいようっ!」

どうせ、もう少ししたら井上をアパートへ帰さなければならないのだ。

俺は下心を必死に隠しながら、残された短い時間を井上とのじゃれあいに費やすことにした…。




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