それはイタズラじゃなくて





10月最後の土曜日、俺は井上を連れて自宅への道を急いでいた。

「ハロウィンパーティーをするから、織姫ちゃんを連れてきて!」とは遊子の弁だが、まあ理由は二の次でとにかく井上をウチに呼びたいんだろう。

「夕方は、すっかり冷えるようになったねぇ。」バイト先の紙袋を抱えながら、井上がそう言った。

夏の頃ならまだまだ明るかったこの時間も、10月末ともなると既に薄暗い。一際輝くあの星は、多分金星だろうか。

「井上、寒いか?」
「ううん、大丈夫。でも遊子ちゃん達待ってるかもしれないから、いそがなきゃね。」

遊子は時間に厳しいからな。
嬉しそうに笑う井上に俺は頷き、歩くスピードを少し早めることにした。



「ただいま。」
「こんばんは。お邪魔します。」

玄関を開けると同時に、弾けるような笑顔が2つ、俺達を出迎える。

「トリック オア トリート!」

掌を差し出し、お菓子をくれと言わんばかりの妹達に、井上が先程まで抱えていた紙袋を差し出した。

「お菓子とはちょっと違うけど…はい、バイト先のパンプキンパイだよ!」
「…廃棄のか?」
「違うもん!これはちゃんと買いました!」

からかう俺に、井上は唇を尖らせたけど、そういうのが可愛いからまた意地悪を言いたくなるんだよな…。
まあ、口には一生出せねぇけど。

「わーい、ありがとう!」
「いつもパンにいちばんがっついてるのは、一兄なんだよ。」

二人はそう言うと、今度は俺の方に掌を差し出した。

「トリック オア トリート!」
「は?!俺もか?!」

井上のパンプキンパイに便乗…というのはやはり許されないらしい。
俺はジャケットのポケットをごそごそと漁り、出てきた飴玉2つを妹達の手に一つずつ乗せてやった。

「え?これだけ?」
「…一兄、ショボい…。」
「う、うるせぇな。貰えるだけ有難いと思えよ!」

目の前でがっかりする二人に、俺は内心申し訳ないと思いながらも、ついガサツな言い方で返してしまった。


本当は、買うはずだった。
夕方、バイトの終わった井上をパン屋まで迎えに行って、ウチまで行く途中に適当な店でハロウィンらしくラッピングされたお菓子を買っていくつもりだったんだ。
なのに、パン屋を出てすぐに代行証がけたたましく鳴って。
俺と井上は店とは正反対の方向にいる虚退治に行く羽目になった。

結局、店に行く時間などなくなってしまい、たまたまポケットに入っていた飴玉しか、渡す物がなかったんだ。

…けれど、そんな事情を話せる訳もなく…。

「第一、ハロウィンなんかヨソの国の祭りだろ?別にやらなくたっていいんだからよ!」

明らかに不服そうな妹達にそんな憎まれ口を叩きながら、俺はどかどかと家に上がるしかなかった。

「…ごめんね、本当はちゃんと黒崎くんもお菓子を買うつもりだったんだよ?でも、時間がなくてね…。」

そんな井上のフォローの声を背中に、俺は一足先に居間に腰を下ろす。

「ねぇ、夕食の支度、私にも何か手伝えるかな?」
「あ、じゃあ一緒にパーティーの準備しよう、織姫ちゃん!」
「一兄はほっとけばいいから。」

遊子と夏梨は井上の手を引き、俺のいる居間ではなくキッチンへと連れて行った。

…思えば、この時から既に、二人の「イタズラ」は始まっていたのだ…。



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