新しい風景





朝。

いつもなら見ることのないニュースの占いコーナー。

遊子が今日のラッキーカラーは青だとか騒ぎ、夏梨が宛にならないとたしなめる。
俺も、夏梨と同じで占いなんか信じちゃいないが。背中を押してほしい気持ちでテレビに目をやる。

俺の星座は…

最下位だった。



「ん?一護、どこへ行くんだ?」

下駄箱で靴をはく俺に、今日に限って親父が声を掛けてきた。

「べ、別に…ダチに映画に誘われたからよ、チケットあるっていうから…。」
「そうか、そうか!それならいい。楽しんでこいよ!がっはっは!」

無駄に高いテンションで笑う親父。

何が「それならいい」んだっつーの。
俺は心の中でそう呟くと、嘘がバレないうちに家を出た。


映画を見るのは本当。
でも、チケットは自分で買った。
相手も「友達」じゃない。

そう、今日は俺の人生初めての…

「デート」ってやつだ。

待ち合わせ場所の駅には15分前には着くように家を出たはずなのに、もう井上はそこにいた。

遠目からでも目立つ、胡桃色の髪。白のワンピースに淡い桜色のカーディガンを羽織って。

他にも沢山の人が行き交うこの場所で、彼女だけがぱあっと明るく見える。

「あ、黒崎くん!」

とびきりの笑顔で手をちぎれそうなほど振ってくれる井上に、俺も軽く手を上げて答えた。

「はよ、井上。待たせて悪い。」
「い、いえいえ!その、今日があんまり楽しみすぎてね、早起きしちゃったといいますか…。」

そう言う井上の、はにかんだ笑顔に思わずどきっとしてしまった。

こんな可愛い子が、俺の「彼女」なんだよなあ…。

そう幸せを実感すると共にやってくる使命感。

今日のデートコースを頭で反芻する。

2駅先の映画館で映画を見る。すぐ側に洒落たイタ飯屋があるのも確認済み。そのあとは井上の好きそうな雑貨屋を巡って…。

井上をがっかりなんてさせたくないから。
経験も知識もない俺なりに、彼女をリードできるように、恥を忍んで水色のアドバイスまで受けたんだ。

「じゃ、行くか。」
「は、はいっ!」

びしっと「気をつけ」の姿勢になって返事をする井上に、余裕ぶった笑顔を俺は返して、電車に乗るべく歩きだした。


電車の中は比較的空いていた。
けれど、2駅なら座るまでもない。二人でドア付近に立って電車に揺られていた。

「とりあえず、映画でも見ようぜ。前売り、買ってあるからさ。」
「え?!そ、そうなの?流石、黒崎くんだね!」

喜ぶ井上に、ホッとする俺。

そこに突然流れる、車内アナウンス。

俺は直感的に、イヤなモノを感じた。

「…只今、〇〇駅付近にて、人身事故があり…次の駅で臨時停車いたします。お急ぎの方は…」

はああ?!

「わ、黒崎くん、事故だって…大丈夫かな…。」

心配そうな顔で俺を見上げる井上。

いや、井上は事故にあった見ず知らずの赤の他人を心配しているんだろうが。

俺の心配はそっちじゃない。電車がここで動かなかったら、デートプランはいきなり役立たずになるわけで…。

繰り返されるアナウンスにざわつく車内。どうやら、次の発車の目処は立たないらしい。

「…マジかよ。」

仕方なく、俺と井上は予定外に1駅のところで降りた。

「事故、大したことないといいね。」

相変わらず、他人の心配を続ける井上。いや、そいつのせいで映画が見れなかったんだって…と言いたかったが、ぐっと堪えた。

「あ~、じゃあ、どうすっかな…。」

あくまでも平静を装いつつ、俺は財布を開いた。

とりあえず、喫茶店にでも入って、ケータイのネットでこの辺りの良さそうな店でも探すか。


「…ん?」

思わず出た声に、井上が反応する。

「どしたの?黒崎くん。」

そして、俺は財布の札入れの方をを何度も確認。

さっと血の気が引いたのが、自分でも分かった。

か、金がねえ…!

電車に乗るときは、小銭入れの方しか見なかったから気づかなかったが、札が一枚も入っていない!

「んな、バカな…!」

もう一度確認、と突っ込んだ手に、小さく折り畳まれた紙切れが当たった。

急いで開くと、そこには。


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