きれいな感情《後編》







…結局。井上とは一言も交わさず1日が過ぎ去った。

俺は授業終了のチャイムが鳴ると即座に教室を出て、帰路に着いた。

迂闊に教室に残って、たつきや水色の尋問を受けるのは鬱陶しいから。

そして、何より…。

井上と「さよなら」の挨拶を交わしたくなかったから。

あの、今朝と同じ笑顔で「さよなら」なんて言われたら、それこそ永久に『サヨナラ』なんじゃないか…って。

怖かった。
だから逃げるように俺は学校を出たんだ…。





どのくらい、時間が過ぎたのだろうか。
ふと、目を覚ますと見えるのは部屋の天井。
俺の身体はベッドの上で。
窓から見えるのは、コバルト色の空と、輝き始めたばかりの星達。

ああ、俺、寝てたのか…。

まだ気だるさの残る身体は、起き上がることを拒否していたが。

ボローウッ!
ボローウッ!


…けたたましく鳴る、代行証。

「…ふざけんなよ。」

思わず舌打ちをしたものの、行かない訳にはいかない。

俺は、重い頭をぶるっと左右に降って、死神化すると窓を飛び出した。
禍々しい霊圧を辿っていくと。

…虚が出現した場所は、あまりにも皮肉な場所だった。

そう、俺が井上を庇って、泣かせて…唇を重ねた、あの公園。

ちらっと頭を横切ったあの日の映像を強制的に断ち切り、俺は虚に向き合った。
複数いるが、一体を除けば大した大きさでも速さでもない。
こっちは、イロイロ疲れてんだ。手加減なんて余裕、ねぇからな。

「…覚悟しろよ。」

斬月を構え、俺は虚の群れに飛び込んだ。

一体。
ニ体。

俺が斬月を降り下ろす度に、刀の錆に変わっていく虚達。

三体。
四体。

俺に襲いかかる虚の爪も牙も、難なくかわして。

五体。
六体。


…そのとき、ふと脳裏に浮かんだ、のは。

井上の、顔。

俺を心配して、泣きじゃくった顔。

俺にいつも向けられていた、弾けるような笑顔。

キスした後の、呆然とした顔。

今は魂葬の真っ最中だって言うのに。


何故なんだ。いろんな『井上』が、フラッシュバックして止まらない。

「…くっ!」

集中力の欠けた俺の右腕を、虚の爪が鋭く切り裂いた。

刹那、電撃のように走る痛み。腕を伝う鮮血は暗いせいで赤黒く光っている。

「畜生…!」

痛みをこらえ、俺の血でぬめった斬月を握り締め、一閃。

それと同時に虚を突き抜ける光の矢。


ガオォォ…。

魂葬され、地割れを起こしそうな叫びとともに消えていった虚の向こうに立っていたのは…石田だった…。



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