きれいな感情《前編》
「恋をすると、女の子はきれいになる」なんて、最初に言ったのは誰だろう。
…本当に、そうなのかな?
私は、恋をして
…醜く、なっていくから。
夕食の食材を買って、ぼんやりと歩く、夕暮れの道。
今日の出来事を思い出してみる。
今日は、黒崎くんやたつきちゃんたちと一緒にお昼を食べて。黒崎くんは、私の話を頷いて聞いてくれた。
帰るときに、「またね!」って言ったら、「おう。」って返してくれて。
…それだけで幸せな筈なのに、淀んだ何かが心を締め付ける。
最近、黒崎くんの表情が変わった。
以前は、いつもどこか物足りないって顔をしていたのに、今は瞳に力がみなぎっていて、生き生きとしている。
その力を、与えたのは、私じゃなくて…。
たとえ、黒崎くんが誰を想っていても、私は変わらず彼を好きでいればいいと思った。
たとえ追い付けなくても、私なりの努力をして、役に立てるように頑張ればいいと思った。
でも、醜い私は、そんなきれいな感情だけにはなれなかった…。
結局、足手まといの役立たずな私。
黒崎くんに力を与え、支えて、並んで戦える朽木さん。
私が、もっと強かったら、彼女のように凛としていたなら…
ううん、それでも、黒崎くんが選ぶのはきっと私じゃなくて…。
沈んでいく夕日。空にはオレンジと紫色が混ざった、何とも言えない色が広がっていた。
「黒崎くんと、朽木さんの色…だね。」
大好きな黒崎くんが、あんなに嬉しそうにしているのに、こんな風にしか考えられないなんて…。
いっそ夕日と一緒に、私の心も、深く深く沈んでしまえばいい。
そう、思った矢先。
すぐ先に感じる、禍々しい霊圧。
肌が、ぴりっと悲鳴を上げる。
「…虚だ…!」
ここから、近い。
私は、走り出した。
小さな公園。
幸いなことに、誰もいなかった。
「大きい…!」
買い物袋をベンチに投げ捨てて、私は虚に向き合った。
今の私なら、一人で何とかできるかもしれない…!
六花たちが、私を護るように飛び出した。
虚は、まだ不安定なのか、大きさの割に攻撃に力はなくて、三天結盾で何とか防げる。
行ける…!
「孤天斬盾、私は…」
そのとき、虚の中心部、赤く光ったその部分に。
…女性の、泣き顔が映った。
「あ…。」
一瞬、攻撃を躊躇ったその時。
振りかざされた、虚の鞭のような触手。
しまった…!
けれど、身構えた身体に痛みはなかった。
反射的に閉じてしまった目をそろっと開ければ、そこには。
大好きな、オレンジの髪と広い背中。
「…黒崎…くん…。」
「無事か?井上。」
私がどこも怪我をしていないことを確かめるように振り返って。
「全く、俺が来るまで無理するなよ。…すぐ、終わらせる。」
前に向き直って、一閃。
魂葬は、終わった。
小さな公園に、戻る静寂。
「ふう…。」
臨戦体勢を解いて、黒崎くんの表情が柔かなそれに変わる。
けれど、同時に眉をひそめて。
「つっ…。」
見れば、左腕が赤く染まっていた。
「く、黒崎くんっ!それ…!」
私を庇ったときに…!
青ざめる私に、黒崎くんはにっと笑って見せた。
「あー、大したことねぇけどな。これ…治してくんねえ?」
さっき、買い物袋を置いたベンチに二人で腰かけて、私は黒崎くんの傷を治し始めた。
「おー、消えてく、消えてく。本当にすげぇなぁ。」
黒崎くんは感心するようにそう言うけれど、私は手を傷口にかざしながら、涙を堪えるのに必死だった。
また、私のせいで黒崎くんが傷ついた。
また、役に立てなかった。
悔しくて、情けなくて。
今、何かを言葉にしたら、涙が溢れそうだったけれど。
でも、まだ謝ることすらしていないから、私は精一杯の声を絞り出した。
「黒崎くん…ごめんなさい…。」
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