きっと2度目は
「…ど、どうしてここに…?」
黒崎くんがドアを閉めるとゆっくりと近づいてきて、戸惑う私の目の前で立ち止まった。
「オマエこそ、何でこんなところにいるんだよ。部活の奴らが、井上がドレスごといなくなったって探してたぞ。」
回りは薄暗いから、多分さっきまで泣いてたことはバレないと思うけれど、それでも何となく黒崎くんの顔が見られなくて私は俯いたまま答えた。
「あ…その、えっと…このドレスを、お、お兄ちゃんに見せようと思って…。」
どもりながら、私がそう呟くと、黒崎くんが「なるほどな」と小さく溜め息をもらした。
「じゃあ、オマエの兄貴も、喜んでんじゃねぇの?大事な妹が、それだけ綺麗になってりゃ…。」
「…え…?」
俯いたまま、驚いて耳を疑う私。
今、黒崎くん、「綺麗」って言った…?
その瞬間。
運動場の方から、バチバチッと火が弾ける音がして、歓声がわあっと上がった。
振り返ってフェンスの向こうを見ると、深いコバルト色の中に、オレンジ色の灯りがぼうっと暖かく浮かび上がって見える。
「…始まったね、後夜祭…。」
運動場の中央あたりに組まれたファイヤー用の丸太から炎が上がっている。
大勢の生徒がその炎を取り囲んでいて、楽しそうに笑っていて。
その隣にあるステージでは、軽音楽部の人達が楽器のチューニングを始めていた。
二人でフェンスの側へ近づき、私も黒崎くんも無言のままその様子を見下ろす。
そうして、短い様で長い時が流れて。
私は一度だけ隣に立つ黒崎くんをこっそりと見上げた。
黒崎くんの横顔が、遠くで燃える炎で照らされていて、大好きなオレンジ色の髪がより一層明るく見える。
…神様、ありがとうございます。
お世辞だと解っているけれど、それでも黒崎くんの声で「綺麗」と言ってもらえて。
偶然とは言え、ウェディングドレスを着ている私の横に、今黒崎くんが立っていてくれて。
…これ以上の幸せなんて望みません、だから。
…もう少しだけ、このままでいさせて下さい…。
「…なあ、井上。」
ふいに黒崎くんに名前を呼ばれて、私は現実に引き戻された。
「な、なあに?黒崎くん。」
「そのカッコ…誰か、他のヤツにも見せたのか?その…石田とか…。」
「ううん、誰にも見せてないよ。石田くんはね、生徒会が忙しすぎて文化祭の間は手芸部はお休みしてるの。たつきちゃんは明日試合があるから、後夜祭は出ないって先に帰っちゃったし…。」
そう言いながら、たつきちゃんにはこのドレス姿を見てもらいたかったかもしれない、なんて思ってしまった。
「…そっか。」
短い返事が黒崎くんから帰ってきて、また暫く無言の時が流れる。
本当はこのままずっとこうしていたいけれど、手芸部の皆にこれ以上迷惑をかける訳にもいかない。
私は、幸せな時間とサヨナラする決心を固めた。
「黒崎くん、そろそろ戻ろう。探しに来てくれてありがとうございました!」
努めて明るい声でお礼を言って、ぺこりとお辞儀をして。
フェンスに絡めた右手の指をほどこうとした、そのとき。
私の手に、黒崎くんの大きな手が重なった。
「…え…?」
驚いて視線を上げたら、すぐ側に、今まで見たことが無いくらい、真剣な、思い詰めた様な顔の黒崎くんがいた。
「…黒崎、くん…?」
「…好きだ。」
その瞬間、時間が止まった気がした。
「え…?」
何が起こったのか理解が出来なくて、呆然として立ち尽くすことしかできない私に、黒崎くんがもう一度、確かめるように言う。
「俺は、井上が、好きだって言ったんだ。…井上は?」
私の手をフェンスごと包み込む黒崎くんの手にぎゅっと力が入って、私ははっとした。
黒崎くんの手の感触が、これは夢なんかじゃないって教えてくれる。
「わ…たし…。」
ぽろぽろと涙が溢れるのと同時に、身体中から力が抜けてしまって、崩れ落ちそうになった私を黒崎くんが慌てて抱き止めてくれた。
「い、井上?!」
「…私…も…すき…です、ずっと、ずぅっと前から…。」
そこまで言うのが精一杯。
伝えたいことは沢山あるはずなのにどれも言葉にはならなくて。
私は涙と一緒に溢れだす気持ちを押さえ切れず、ひたすら子供みたいに泣きじゃくってしまった。
黒崎くんはホッとしたようにゆっくりとフェンスに背中を預けて、しがみついて泣く私をずっと抱き止めてくれていた…。
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