未来予想図






…どれ程の時間が流れたんだろうか。

井上が漸く落ち着いて、それでも俺は井上を離すことはしないし、井上も俺から離れようとはしなくて。

ああ、俺たち本当に両想いだったんだな…なんて今更の様に実感が沸いてくる。

そのとき、ふと耳に入ってきた音楽が、ふわふわした世界から俺を現実に引き戻した。

「…あ、今演奏してるの、多分チャドのバンドだ。」

聞き覚えのあるメロディ。
以前、チャドにデモテープを聴かせてもらったんだっけ。

「もしかして黒崎くん、茶渡くんの演奏を見るために残ってたの?」
「それもあったけど…まあいいや、ここでちゃんと聴いてる訳だし。」

本当は井上を後夜祭に誘うのが当初の目的だったはずなのに、何故か今の俺は井上と抱き合っている。
客観的に見ると、なんかすげえな…なんて自分の行動に感心したりして。
すぐそばで演奏が聴いてやれなくてチャドには悪いけど、屋上で井上と二人で聴いてるってことで、今回は許してほしい。
多分、今チャドが演奏している曲は、俺にとって一生忘れられない曲になると思うから。

「部長達も、さすがに帰っちゃったよね…写真、撮ってもらえばよかったかな。」
思い出した様に、井上がぽつりとそう呟いた。
けれど、俺としてはあの部員の商魂逞しい眼差しがどうにも気に入らなかった。
どうせ、井上のウェディングドレス姿の写真を撮って、売りさばくつもりだっんだろう。
…偶然とは言え、井上が屋上へ逃げ出してくれて本当に良かった。

「ああ、写真なら撮られなくて正解だと思うぜ?って言うか、その…。」
「ふ、ふえ?」

俺の顔を見上げようとした井上の頭を、俺は慌てて自分の胸に押し付けた。
多分、今の俺はみっともないガキの顔をしてるだろうから。

「…記念に撮っておきたいなら、俺のケータイで今から撮るから。だからそのカッコは、他の誰にも見せるな。」
「く、黒崎くん…。」

両想いになった途端、独占欲丸出しの俺。いつかはもう少し余裕のある男になるから、暫くは俺だけの井上でいてほしい、なんてのはやっぱりガキの我が儘。

「たつき達には、2度目を見せてやればいいだろ?」
「2度目?」

井上が無駄に可愛らしく小首を傾げる。
高校生の俺がこんなことを言うなんて、現実離れしてるにも程があるけれど。
「笑うなよ」と念押しして、井上の耳元で小さく囁いた。

「気が早いのは解ってるけど…2度目は、いつかきっと、俺が着せてやるから。」
「…?う、うん…。」

井上の返事は実に曖昧なものだったけれど、俺は照れ臭いのもあって、それ以上言うことはやめた。
とんでもなく未来の話。
まあ井上に今は俺の言いたいことは伝わらなくて当然か…と、後夜祭に改めて誘おうと井上を見たら、彼女は再び大粒の涙を溢れさせていた。

けれど涙もその笑顔もとても綺麗で。
井上に俺の言いたいことがちゃんと伝わったんだ…と思ったら、やっと緩めたばかりだった俺の腕は再び彼女を抱き締めていた。



…結局、今年の後夜祭にはこのまま参加せずに終わりそうだ。

けれど、多分今年の後夜祭のことを、俺は一生忘れない。

心に描いた未来に立つその日にも、きっと俺は今日の景色を思い出すだろうから…。









《あとがき》

「きっと2度目は」の一護sideで書きましたこのお話、何だかすごく一護→織姫な展開になって自分でもびっくりしています(笑)。
「きっと~」の一護の行動を補完したつもりですが(ストラップ3つ買った理由とか)、納得して頂けましたでしょうか?

例によって、後日エピローグを追加する予定ですので、よろしければそちらもお読みくださいませ。


それでは、読んで下さってありがとうございました!

(2012.11.15)
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