未来予想図





「…なあ、井上。」

頭の中で色々考えていたら、暫く井上と会話することを忘れていたことに気付いた。
俺は一つ、どうしても気になっていたことを井上に尋ねる。

「な、なあに?黒崎くん。」
「そのカッコ…誰か、他のヤツにも見せたのか?その…石田とか…。」

俺より先にあのメガネが井上のドレス姿を見たかもしれない…と思うと、正直面白くない。
それでなくても、石田と井上は手芸部だったり頭が良かったりと共通点が多くて、内心二人がお互いをどう思っているのか、気になっているのに…。

けれど、俺の不安をよそに、井上は無邪気にふるふると首を横に振った。

「ううん、誰にも見せてないよ。石田くんはね、生徒会が忙しすぎて文化祭の間は手芸部はお休みしてるの。たつきちゃんは明日試合があるから、後夜祭は出ないって先に帰っちゃったし…。」
「…そっか。」

まだ誰も井上のドレス姿を見ていないことに、俺はホッと胸を撫で下ろした。

けれど、それきりまた沈黙の時が流れる。

…それは、俺にとっては井上と過ごす心地よい時間で。同時に、決意を固めるために必要な時間でもあった。

…井上に、伝えるべき言葉を伝えるための。

「黒崎くん、そろそろ戻ろう。探しに来てくれてありがとうございました!」

突然、夢の様な時間に終わりを告げる、井上の明るい声。
俺ははっと現実に引き戻される。
それと同時に、一気に速くなる鼓動、上がる体温。

フェンスに絡めた井上の指が、ゆっくりとほどかれようとしていて。

俺は頭で考えるより先に、井上の細い手をフェンスごと掴んでいた。

「…え…?」

驚いて、大きな目をさらに見開く井上。戸惑った様に揺れる瞳に、俺が映って。
俺は今から井上を困らせるのかもしれない。

けれど、今しかないと思うから。
そして、井上の先に見た未来を信じたいから。

「…黒崎、くん…?」
「…好きだ。」

かっこいい台詞も、気の利いた言い回しも、何も出てこなくて、俺の口からやっと出てきたのは、あまりにも単純でシンプルな単語だった。
それでも、呼吸を忘れる程の緊張。
心臓の音だけが、やけに耳につく。

「え…?」

けれど井上から返ってきたか細い声は肯定でも否定でもなくて。

何を言われたのか理解が出来ないのか、呆然として立ち尽くす井上。

「俺は、井上が、好きだって言ったんだ。…井上は?」

焦燥と懇願が入り雑じったような気持ちで、俺は無意識にフェンスごと井上の手にぎゅっと握りしめていた。
痛みを感じたのか、井上の身体がぴくんっと小さく跳ねる。
それと同時に。

「わ…たし…。」

井上がぽろぽろと泣き出した。
俺がその涙の意味を頭で考えるより先に、井上の身体が崩れ落ちてきて。俺は咄嗟に井上を抱き止めた。

「い、井上?!」
「…私…も…すき…です、ずっと、ずぅっと前から…。」

俺の鼓膜を、心臓を震わせる、井上の答え。

「本当か?」と確かめたい衝動にかられたけれど、井上はそのまま子どもみたいに泣き出してしまって。
俺の腕の中で泣いてくれるっていうことは、俺の想いが受け入れられたって思ってもいいんだよな…なんて。

そう思うと同時に、ぷつんと切れた、緊張の糸。
ホッとした俺はゆっくりとフェンスに背中を預け、俺にしがみついて泣く井上の温もりを感じながら、じわじわと込み上げてくる幸福感に浸った…。




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