IF〜ふたりぐらし〜







食器を洗い終え俺がソファーに腰を下ろすと、織姫もまた子供みたいにぴょこぴょことついてきて、俺の隣にぽふっと勢いよく座った。

そのまま、俺の腕にきゅっとしがみつく織姫はとても幸せそうな顔をしている。

「…どうした?何か、いいことでもあったのか?」

思わずそう尋ねる俺に、織姫は嬉しそうに頷いた。

「うん。だって今日は、一護くんとずっと一緒にいられるんだもん!」

そう無邪気に笑う織姫を、いとおしく思う気持ち半分、申し訳なく思う気持ちも半分。
そんな俺の微妙な心境に気付いたのか、織姫の顔がさっと不安げな顔に変わった。

「…やっぱり、疲れが残ってる?」

俺の体調をいつも最優先し気遣う織姫に、俺は静かに笑うと首を振ってみせる。
本当に、いつも自分のことは後回しで、俺のことばっかり心配するような、俺には勿体ないぐらいの嫁さんなんだよな…。

「いや…そうじゃなくて…さ。あんまり側にいてやれなくて、悪いなって。家事も結局オマエ任せだしさ。」

誤魔化すことを諦めそう本音を吐き出す俺に、織姫は一瞬きょとんとして目を丸くした後、ふわりと柔らかく笑った。
「全然大丈夫だよ?だって、独りぼっちじゃないもの。」
「けど…せっかく結婚したってのに…『思ってたのと違う』って感じたりしてねぇか?」

少なくとも、俺はもっと二人でいられると信じていたから…。
けれど、織姫はふるふると首を横に振る。

「なんて言うか…いつでもね、この部屋には一護くんが半分居るの。たとえ一護くんがお仕事でいなくても、一護くんの好きなものとか、使ってるものとか、空気とか…。何かね、ちゃんと『居てくれる』の。だからね、独りの時とはやっぱり違うの。」

織姫はそう言うと、俺に絡めていた腕にきゅっと力を込めた。

「でもでも、勿論本物の一護くんがこうして側にいてくれるのがイチバンですよっ!」
「織姫…。」

ふわりと、窓から心地よい風が吹き抜ける。
織姫の存在は、俺にとってはまるで春風のようで。
いつも俺の心にかかった雨雲を、優しく払ってくれるんだよな…。

「ごめんな、本当は今日はもっと早起きして、久しぶりにオマエをデートにでも誘うつもりだったんだ。けど、もうこんな時間になっちまってさ…。」

織姫の醸し出す、何でも受け入れてくれるかの様な柔らかい空気に、するすると俺の口から出てくる謝罪の言葉。
多分、昔の俺ならこんなこと言えなかった。

実行出来なかったことの言い訳なんて格好悪い。
だから言わずに自分の中に溜め込んで、そのくせ上手く消化できずに不満の火をぐずぐずと燻らせたりして。
今考えれば、その方がよっぽど格好悪いのに。

けれど、織姫と一緒にいるうちに、何となくそう言った見栄みたいなものが自分の中から剥がれ落ちていった。

肩肘張らなくてもいい。ありのままで、自然なままでいい…そう、織姫を包む空気が教えてくれたから。

「そうだったんだ…。ありがとう、一護くん。」

がっかりした様子もなくそう言って織姫は微笑みを返し、俺の肩にこつりと頭を乗せた。

そう言えば、織姫も昔に比べて、随分と俺に甘えるのが上手くなった気がする。

付き合い出してから長いこと、遠慮からか自分への自信のなさからか、俺に甘えることがとにかく下手くそで。
いつも俺が強引に抱き締めてやっと、おずおずと俺の身体に腕を回す様な感じだった。

まぁ、そういう織姫も初々しいというか、いかにも彼女らしくて嫌いではなかったけれど、たまには思い切り甘えて欲しい気持ちも男としては当然あった訳で…。
けれど、いつ頃からか少しずつ織姫から俺に触れてくることが出来る様になった。
戸惑いながら、恥じらいながらの行為はやっぱり彼女らしくて、けれど必要とされていることが伝わって素直に嬉しかったんだ。

…そう言った意味では、お互いに少しずつ成長できているのかもな…なんて。

手前味噌もいいとこだけど、俺たちなりの夫婦の形が出来はじめている…そう信じてもいいのかな、なんて思ったら、憂鬱だった朝が嘘のようで。
何だかいい休日になりそうな、そんな気になったんだ…。




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